弥生時代とは?水稲農耕・金属器が「余剰」を生み、経済・国を発展させた

2020/10/23 11:29

ライター:平田提

歴史 日本史学び直し 文字 弥生時代
弥生時代とは?水稲農耕・金属器が「余剰」を生み、経済・国を発展させた

弥生時代とは、紀元前4世紀~紀元3世紀頃までを指す時代区分のこと。縄文時代のあと、日本列島の九州北部から、さらに薩南諸島~東北地方まで弥生文化が広がりました。 弥生時代の特徴は、水稲農耕(水田で稲・お米を栽培して育てること)が始まったことや、弥生土器・鉄や青銅器の使用があります。

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弥生時代はいつからいつまで?次の時代は?

この弥生時代、昭和のはじめ頃には「弥生式時代」と呼ばれていました。「弥生式」とは「弥生式土器」のことです。「弥生式」の由来は、明治17年(1884)に東京本郷の弥生町で初めて弥生式土器が見つかったことから。この土器には縄文(じょうもん)の跡もあったため、縄文土器の1つとして当初は数えられていました。 しかしその後、昭和18年(1943)に静岡県・登呂遺跡で弥生時代の水稲農耕の跡が見つかったことなどから、どうやら弥生時代とも呼ぶべき時代があったのではと呼び名が変わり、研究が進みました。

以前は土器の形式ではなく、現在は水稲農耕の開始が弥生時代と縄文時代を区別する基準になっています。ただ福岡県・板付(いたづけ)遺跡や佐賀県・菜畑(なばたけ)遺跡など縄文時代に属す遺跡で水稲農耕の痕跡が見つかっているため、稲作の開始と弥生時代の区分方法には議論が続いています。

弥生時代がいつまでかについては、前方後円墳がつくられる時代に至るまでとされ、その次の時代は古墳時代と呼ばれています。古墳時代はヤマト政権という巨大な政治連合が生まれて権力を増した時代です。

弥生時代は縄文時代と古墳時代の「つなぎ」の印象や土器のイメージが大きいかもしれませんが、ただの過渡期ではなく日本の歴史にとってとても重要な時代です(すべての時代が重要ですが!)。

弥生時代の特徴。水稲農耕が経済・権力差・クニを発達させた

弥生時代の特徴。水稲農耕が経済・権力差・クニを発達させた

弥生時代の何が重要か。1つはその特徴である水稲農耕のはじまりです。 みなさんがスーパーなどで買ったり、収穫したりして食べているお米も水田で育っていますよね。そしてそのお米は保存が効くもの。前年に収穫された「古米」でもじゅうぶん食べられます。縄文時代は狩りや漁、木の実の採集などが一般的でした。ということは、獲物が得られないと飢えてしまう、スリリングな生活です。一方、稲作(を始めとした穀物の栽培)ができるようになると、お米と次の年に植える種を蓄えておけます。これが大きかった。 稲作の開始で「余剰」が生まれたんです。

ギリシャの元財務大臣、ヤニス・バルファキスさんの『父が娘に語る経済の話』によれば、この「余剰」は人類の文化にとってとても大きな発明でした。農耕が始まったのは弥生時代よりはるか昔、約9000年前の西アジアとされていますが、最古の文字が生まれた紀元前3,500~3,100年頃のメソポタミアではどうやら共有倉庫に「余剰」の農作物を預けていたらしい記録があります。日本を含め南アフリカやオーストラリアでは獲物が豊富だったこともあって、農耕の導入が遅れました。そこでは文字が発明されませんでした。なので「余剰」が文字の文化を発達させた可能性があるんですね。

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さらに誰かに農作物を文字の記録で預けるということは、債務という意味でもあります。これは本来は金など希少なものと交換できるために価値があった、貨幣の始まりでもあります。「余剰」が経済を生み出したともいえるでしょう(日本では文字が発達せず5世紀頃の漢字の到来を待ちます)。

弥生時代の高床式倉庫

経済が生まれ、「余剰」を高床式倉庫など新しい建築様式の倉庫に保管し始める。そしてどれだけ余剰を持っているか、つまり貧富の差ができた。富める者には権力が生まれます。さらに争いが起こったときにそれを裁くルール=法律の原型のようなものもできます。こうして日本のこの弥生時代にもムラやクニが生まれ、一人の権力者=首長が支配する階級社会が生まれていったようです。

弥生人とは?新しい習俗をもたらした中国・朝鮮半島の人々

弥生人とは?新しい習俗をもたらした中国・朝鮮半島の人々

1世紀頃の弥生時代中期、福岡の須玖(すく)遺跡からは、遺体をおさめた甕棺の中に青銅製の銅鏡・銅剣・銅矛(どうほこ)が見つかっています。ガラス製の大勾玉(おおまがたま)なども入っており、こういった副葬品があることから首長の墓と推定されています。銅鏡は当時の中国・漢でつくられ、銅剣・銅矛は朝鮮半島からの輸入品と見られています。

※縄文時代の遺体の手足を折り曲げる屈葬(くっそう)に対し、弥生時代は伸展葬(しんてんそう)という手足を伸ばした土葬が広まった。青銅器はほとんどが祭りに使われるものだった。

中国→朝鮮半島を経て、金属器(青銅器・鉄器)と稲作が伝わる

中国では紀元前6500~5500年頃の中国の黄河流域でアワやキビなどの農耕が始まっています。南の長江流域では稲作も始まり、紀元前6世紀頃から鉄の使用が始まると農耕具が発達し、農業文化が進展。そして縄文時代の終わり頃、いまから約2500年前に中国から朝鮮半島を経て、日本の九州にも水稲農耕の文化が伝わったのではないかとされています(東南アジアなど別ルート含め、諸説あり)。

弥生時代には中国・朝鮮半島の人たちとの交易が行われていたんですね。そして青銅器の文化が入ってきたことで、鍬(くわ)や鋤(すき)などの農耕具が進化していきました。稲作のために道具が発達し、道具の発達がまた農耕文化を発達させていきます。

いずれにせよ、こうして朝鮮半島から多くの人たちが戦禍から逃れてきたり交易をしたりといった目的で日本列島にやってきて、稲作や青銅器・鉄の鋳造技術、その他の習俗をもたらしました。山口県土井ヶ浜遺跡では約200体の弥生前期の人骨が見つかっています。この人たちは人類学的にそれまで日本にいた縄文人とは違う骨の特徴があり、恐らく中国の山東省あたりから当時の馬韓・辰韓を経てきた人だとされています。

中国・朝鮮半島からの弥生人と日本の縄文人がハイブリッド文化をつくった

弥生人は縄文人に比べて背が高く、顔は面長で起伏が少ない特徴があります。医学者・日沼 頼夫(ひぬまよりお)さんによれば、縄文系の人々はATLウイルス(成人T細胞白血病)の保有率が高く、弥生系は低いなどの特徴があったそう。

日沼頼夫『ウイルスから日本人の起源を探る』※PDF注意

中国・朝鮮半島からの弥生人と日本の縄文人がハイブリッド文化をつくった

また華美な装飾のある縄文土器と、余剰農作物の保管用の瓶(かめ)などのっぺりした赤褐色の弥生土器の違いは、日本文化の特徴とも呼ばれる荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)にも共通するように見えます。荒魂は金閣寺の北山文化や歌舞伎、和魂は銀閣寺の東山文化・茶・禅など「わび・さび」の文化に通じます。荒魂は日本神話のスサノオ的、和魂はアマテラス的です。

中国・朝鮮半島からの弥生人と日本の縄文人がハイブリッド文化をつくった

弥生時代にも縄文時代の打製石器、竪穴住居などの文化は引き継がれていたので、朝鮮半島からやってきた人々と在来の縄文人は一緒に弥生文化を生み出していったと思われます。 島根県・荒神谷(こうじんだに)遺跡などで大量に見つかっている銅鐸(どうたく)は、もともと村の鎮守の森の木に鈴を吊り下げて、神様にお祈りに使われいた説があります。この祭りの習俗は農耕と一緒に新しくもたらされたもの。『魏志(ぎし)』「東夷伝(とういでん)」には、当時の朝鮮半島の国・馬韓(ばかん)に同じような風習があったと記されています。

弥生時代の他の国は?

ちなみに日本の弥生時代、世界の他の国ではどんなことが起こっていたのでしょう。仏教の開祖、ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)が紀元前563年ごろ(諸説あり)に生まれ、その後のインド・マウリヤ朝の最盛期アショーカ王、クシャーナ朝で仏教が発展。出家しないまま修行する「菩薩信仰」、一人の悟りより多くの人の救済を重視する「大乗(だいじょう)仏教」の流れが生まれ、その後仏教美術とともに中央アジアから中国・日本まで影響するようになります。紀元前4世紀後半にはギリシア世界をマケドニアの王・アレクサンドロスが統一。エジプトを制服、インド北西部にまで進出し大帝国をつくりあげました。 紀元前3世紀にはカスピ海東南部にパルティア(中国名:安息)が建国され、パルティアはメソポタミアを併合しましたが、イラン人のササン朝に滅ぼされます。ササン朝はゾロアスター教を国教に定め、建築・美術・工芸が大きく発達し、ガラス器や銀器、毛織物は地中海や中国の南北朝・隋唐時代、後の日本の飛鳥・奈良時代にまで伝えられることとなります。 紀元前3世紀ごろの中国は秦の始皇帝の治世。しかし政治への不満から秦は15年ほどで滅び、劉邦(りゅうほう)により漢王朝が築かれます。 古代ギリシアでは紀元前4世紀ごろからピタゴラス、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、アルキメデスなどが哲学・数学・物理学などの学問を探究。 紀元1世紀にはカエサルの後、ローマ帝国が200年以上繁栄。キリスト教は1世紀頃にローマ支配下のパレスチナで誕生。

日本ではこの後日本列島の中にあったたくさんの国が争いを続けます。その戦乱を鎮め、倭国を治めたのが、卑弥呼。卑弥呼もまだ弥生時代の人です。卑弥呼は当時の中国、魏(ぎ)から「親魏倭王(しんぎわおう)」の称号をもらいますが、それは中国の力が当時の東アジアでは強大で、そのお墨付きを得ることで日本列島諸国の中での権威付けを行おうとしたと思われます。 中国・朝鮮半島など東アジア情勢の外交と内政は今後の日本の歴史にも強く関わってきます。また、このあとの漢字・仏教など、外国文化を取り入れて独自に「編集」していく文化や、荒魂・和魂のように相反するかのような文化を両立させるハイブリッド性はいかにも日本文化らしいといえるでしょう。そのおこりがすでに弥生時代にも見えているのが興味深いです。

弥生時代を学べるフィクション:漫画『アコヤツタヱ』

佐藤将(さとうしょう)さんによる『アコヤツタヱ』は弥生時代が舞台。主人公の少女・アコヤは、父である鍛冶職人・スズナリの手による鉄剣をふもとの村に届けるため奔走します。鉄でつくった剣は当時、戦の要でした。村の間での戦争や策略や、豊作祈願のお祭り、か青銅器や鉄剣の鋳造など、弥生時代の文化が参考になる漫画です。

参考文献

・編:佐原真・金関恕『銅鐸から描く弥生時代』(学生社) ・著:ヤニス・バルファキス/訳:関美和『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社) 『改訂版 詳説世界史B』大村靖ニ・岸本美緒・小松久男(山川出版社) 『改訂版 詳説日本史B』笹山晴生・佐藤信・五味文彦・高杢利彦(山川出版社) 『もういちど読む 山川日本史』五味文彦・鳥海靖 編(山川出版社) ほか

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