『スラムダンク』が名作・面白い理由=桜木が最後まで素人だったから?菊池良さんと読んでみた
2020/08/29 13:43
ライター:平田提
漫画 スラムダンク ブックフォービギナーズ『もしも文豪たちがカップ焼きそばの説明文を書いたら』などの作家・菊池良さんと漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』全巻を1カ月で読んでみました。
菊池さんも聞き手もお互い30代。『週刊少年ジャンプ』連載当時(1990年~1996年)、同級生はほとんど読んでいました。しかしなぜ僕らはこの名作に触れてこなかったのか……? 読む前に話してみると、ベンチウォーマー(ベンチを温める人、補欠選手)的な発想が共通していました。
菊池良さん
中学時代は卓球部。芥川賞をぜんぶ読むために会社を辞めた。
平田提
中学は野球部、卓球部、コンピュータ部。菊池さんの『芥川賞ぜんぶ読む』Web版の編集で会社を辞める原因をつくった説がある。
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前編
後編
『SLAM DUNK(スラムダンク)』は井上雄彦先生による名作バスケットボール漫画。国内の累計発行部数は1億2000万部以上。湘北高校の不良高校生・桜木花道は好きになった赤木晴子にバスケットボール部への入部を勧められ、初心者ながら入部する。晴子の兄・赤木剛憲(通称・ゴリ、主将)、木暮、三井、宮城リョータなどの先輩や、ライバル・流川楓たちと全国インターハイを目指していく。
(ちなみにまだ僕らは読んでいない……)。
(Before/読む前)
――菊池さんと僕は『スラムダンク』を読んでいないわけですが……どんな人たちが読んでると思います?
菊池さん: バスケとか、スポーツとか、部活が好きな人じゃないですかね。「チーム感」がある人。
――「チーム感」! 菊池さん、チーム感あります……?
菊池さん: ……あるつもりです(笑)。
――僕は卓球部でも壁打ちが好きな方だったし、チーム感ないほうかも。大会をみんなで目指すとか、味わったことないので憧れますが。『スラムダンク』が流行ってた頃って何歳ですか?
菊池さん: 小学校低学年ですね。年代的には、自分より上の人が読んでる漫画って印象です。僕の世代もアニメはみんな観てたと思います。
――おぼろげでも覚えているエピソードってありますか?
菊池さん: ……まったくないです(笑)。ネットで見る有名な1コマとか、それぐらいです。
有名な「安西先生、バスケがしたいです」とか。
――たしかあのシーンはミッチー(三井)が、ロン毛の彼がなんかしてて……モップか何か? があるシーンだった気がしますが……。うろ覚え。
菊池さん: 髪の長い男がいましたよね? 確か……。
――そのぐらいですね。僕は中学の頃に『スラムダンク』が連載してたので、ドンピシャ世代ですね。でも読んでなくて、大学に入ってもみんな読んでて当たり前の雰囲気があって居心地が悪かった記憶があります。
菊池さん: 周りが知ってるのに、自分だけ入れない辛さはありますよね。僕は中学生のとき卓球部だったんですけど、上下関係がはっきりしてなかった。みんなで遊んでる感じで、切磋琢磨する感じはうちの学校ではなかったんです。やっぱり「チーム感」はなかったです(笑)。
――卓球漫画に例えると『ピンポン(松本大洋)』より『行け!稲中卓球部(古谷実)』ですか?
菊池さん: そうですね。『稲中』は読みましたね。あとは『魁!!クロマティ高校(野中英次)』とか、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん(うすた京介)』とか。そういうのを読んでましたね。
――『マサルさん』もセクシーコマンドー部だから、部活モノですね。
菊池さん: そうだ! 『クロマティ高校』は不良高校だけど。
――部活の競技そのものより、仲間でワイワイする話が好きだったのかもしれないですね。
菊池さん: そうかもしれないですね。
――『スラムダンク』もその点、ちょっとキラキラしてた。自分は補欠タイプだから……。
菊池さん: 「仲間に入れてもらえるのか問題」はありますよね。スラムダンクのバスケ部に入って仲間になれるのか。
――本当ですね。みんな高身長のイケメンだし、バスケもうまいし、桜木はたぶんヤンキーですよね。怖いじゃないですか。読まなかった理由はなんとなく見えてきましたね。では1ヵ月後読み終わったらまた話しましょう。『スラムダンク』に期待していることは?
菊池さん: 「チーム感」を得たいですね。そしてメンバーを揃えて何がしかのチームを作り上げたいです。
(After/時は1ヵ月後。二人とも『スラムダンク』を読み終える。やや興奮気味に始まる)
――1ヵ月後です。『スラムダンク』読み終わりましたね。
菊池さん: 読みました。……どうでした?
――これは……名作ですね。噂には聞いてましたが。
菊池さん: (笑)。そうですね、同意見です。
――どこら辺が良かったですか?
菊池さん: 一番印象に残っているのは、桜木花道がずっと初心者だったこと。最後までルール違反のダブルドリブルをしたり、知らないルールがあったりしましたよね。あとはリバウンドとか、フリースローとか、1個ずつ覚えてだんだんうまくなっていくところが良かったです。
――そうですね! 桜木が最強のアマチュアだからこそ、誰も見てないときにボールを見てたり、予想しないところに現れたりするのがいいですよね。「天才バスケットマン桜木花道」とか自分で言っちゃうけど、だんだん「本当に天才なのかな」と思えてくる。
菊池さん: 一気に才能開花するんじゃなくて、少しずつ上達していくのが良いんですよ。リアリティありますよね。バスケはやったことないんで分からないんですけど(笑)。練習の楽しさってここにあるんだろうなって。中学生のときに『スラムダンク』読んでたら、バスケ部入ってたかも。
――たしかに。練習の描き方も良くて、シュート練習を2万本やったのを見てるから、桜木が初めてゴール下シュートを決めたとき思わず「やったぜ!」って快感が得られる。
菊池さん: そうそう。桜木が初めてダンクを決めるのがコミックス全31巻中の11巻だったんですよ。それぐらい時間かけてやってるんですね、上達のフェーズを。
――最初のダンクって(ライバル高校・陵南高校の主将)魚住かだれかの頭に決めるやつでしたっけ。あそこら辺の桜木が開花し始めるあたりから夢中になって読みました。
菊池さん: 最初の練習試合が陵南で、インターハイ予選の最後の試合も陵南だったんですよね。2回戦わせることで花道たち湘北高校のチームがどれだけ強くなったのかが対比として分かりやすい。すごくうまい構成ですよね。
――確かに! 流川も練習試合では陵南のエース・仙道にやられてたけど、インターハイ予選では覚醒して。
菊池さん: ポジショニングもそれぞれチームとして確立していきましたよね。チーム全体として強くなっている。
――読む前から主要キャラの顔は知ってたんですけど、最終的に「桜木」「赤城(ゴリ)」「流川」「宮城」「三井」ってレギュラーが揃ったときに、『(マーベル・コミックの)アベンジャーズ』感というか……最強のメンバーが集結したゾクゾク感がありました。
菊池さん: それはありましたね。チームのメンバー全員を揃えるのにも時間をかけて描いてました。怪我して最初はいないメンバーも多いし。
――そしてレギュラー5人中3人がヤンキー……。
菊池さん: スポーツ漫画の定石としては、最初にチームメンバーが揃うことが多いですよね。野球なら9人最初からいる。それとは違って、一人ひとり掘り下げていってたから、それぞれのキャラクターが分かって良かった。
――そうですね。脇役もよかったですよね?
菊池さん: いいですよね。試合中の回想シーンとか……。
――メガネくん(湘北の3年・木暮)とか、終始優しい人で。最初は全国大会目指すつもりなんてなかったのに、ゴリやミッチーに感化される過程とか、実は熱い男なところとかが良かった。控えの彼がスリーポイントを決めた瞬間がやばかったですね。
菊池さん: どのシーンが一番ぐっと来ましたか?
――いくつもありますけど、読む前に「安西先生、バスケがしたいです」のシーンで、モップの話をしてたんです。読んでみたらモップはたしかにあったんですよ! ケンカしてるときにモップを折って血が出る描写があって。でもこのセリフは、予想より割とあっさり出てきましたよね。
菊池さん: そうですね、安西先生が出てきたら三井が言うんですよね。
――それが嫌じゃなかった。それだけミッチーは悩んでたんだな、って。ネットで有名な「諦めたらそこで試合終了ですよ」ってセリフは、中学時代の三井に向けたものだとは知りませんでした。ニワカで申し訳なかったな、と三井という男に対して思いました。
菊池さん: 三井のシーンはいろいろと良かったですね。僕は流川が安西先生に「アメリカに行きたい」って相談しに行ってからの流れが印象的でした。安西先生がそれを止めるじゃないですか。そこで回想で描かれるのが、かつての教え子がアメリカに行ってバスケに挑戦したけど不幸な結果になったお話。そこで有名な「まるで成長していない」というセリフが出てくる。ここは考えさせられるシーンでしたね
――「(こいつ)まるで成長していない……」ってネットのネタ的に使われているけど、あのシーンを読むとふざけた話じゃなかったんだって分かりますね。
菊池さん: ギャグじゃなくて、心に来るシーンなんですよね。
――インターハイで当たる、最強の山王工業戦での初ゴールが桜木でしたね。宮城リョータの投げたボールを空中で桜木がキャッチして、そのままダンクを決める「アリウープ」。あれはスカッとしました。
菊池さん: あれは気持ちよかったですね!
――最後も花道のシュートで。流川から最初で最後のパスをもらって。
菊池さん: 45度の角度で。
――ベスポジで(笑)。あれも連載当時ずっと桜木と流川のライバル関係を見てきた読者が最後の試合で初めてパスして、見開きで2人がタッチしてるのを見たらジャンプで読んだら、そりゃあゾクゾクしただろうなあと思いました。
菊池さん: 6年がかりですからね。
――僕らは数時間で読んでしまったけど(笑)。あのシーンってすごい達成感があった。しかもあっさり山王戦で力を使い果たして、次の試合で負けるのがリアルで良いですよね。
菊池さん: 良かったですね。みんなで写真を撮るシーンであっさり終わるのも。
――湘北はあくまでジョーカーというか、トーナメントをかき乱す立場だったのかなと思いました。甲子園でもたまにいますよね、全然注目されてなかったのに勝ち上がるチーム。大会中に成長していく。そういう面白さなんだろうなって思いました。
――いろいろ話したくなるんですけど、いまスラムダンクを読んで熱狂してるおじさんがいまあんまりいない……。
菊池さん: いまさら「『スラムダンク』読んだ?」って聞けないですもんね(笑)。
――(笑)。そういえば『スラムダンク』を読んだら菊池さんはチームを作るって言ってましたけど、どうですかモチベーションは?
菊池さん: そうですね……ひとまずゴリを見つけないと。あと三井と、まだ見ぬメガネくんを探すために今年は旅に出ます。
――全部3年生の先輩メンバーですね……菊池さんは誰ポジションなんですか!?
菊池さん: 僕は新入生ですよ(笑)。頼りになる先輩が欲しいんです。
――あの3人がいたら引っ張ってくれそうですもんね。……やっぱり僕らはベンチで良い試合を見ていたいタイプですよね。
菊池さん: それはありますね。本当にうまい人の試合を見たい。今度、実際にバスケをやりませんか?
――いいですね。でもなるべく人の少ないところで(笑)。
菊池さん: 僕ら以外いないところで。
――小学生に馬鹿にされたくないですからね!
菊池さん: やりましょう。
――その時また『スラムダンク』の面白さを理解できるかもしれませんね。
平田提
Dai Hirata
株式会社TOGL代表取締役社長。Web編集者・ライター。秋田県生まれ、兵庫県在住。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーション等数社でマーケティング・Webディレクション・編集に携わり、オウンドメディアの立ち上げ・改善やSEO戦略、インタビュー・執筆を経験。2021年に株式会社TOGLを設立。
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