三島由紀夫『金閣寺』感想。「推しを推しすぎた限界オタク」の話?

Thu, Oct 8, 2020

ライター:平田提

ブックフォービギナーズ 三島由紀夫 金閣寺
三島由紀夫『金閣寺』感想。「推しを推しすぎた限界オタク」の話?

三島由紀夫の『金閣寺』を友人・荒井啓仁(あらいけいと)くんと1カ月で読んでみました。『金閣寺』は若い僧侶が葛藤の末に金閣寺を燃やした、現実の事件に取材した小説。読んでみると、理解できない部分も多いとはいえ、理想と現実に悩む人なら少し共感できるポイントがあるかも?と感じました。

三島由紀夫『金閣寺』=「推しを推しすぎた限界オタク」の話?

――今回は三島由紀夫の小説『金閣寺』を読みました。どうだった?

けいと: 暗かったですね。最初から最後までずっと地の底を這っていくようなテンションでしたね。……でも、面白かったです。 本当にチープな言い方で申し訳ないんですけど「推しを推しすぎた限界オタク」だなあと。

・Podcast版

――確かに。『金閣寺』の主人公・溝口の心のねじ曲がり方って、現代の僕らにもありうる感覚だと思った。

けいと: 溝口は鬱屈しまくった結果、とんでもない方向にいったわけですけど。

――溝口はいわば「金閣推し」。勝手に一人のアイドルを好きになりすぎて、処女性や聖性を求めるあまり過激な行動に出るオタクのようにも見える。 溝口の金閣への憧れは、父親からかつて「金閣は美しい」と何度も聞いたから膨らんでいったところがある。念願叶って実際の金閣寺を見ても、自分の思い描いた理想の金閣のほうが美しいと思ってしまう。

けいと: 自分にない、きれいなもの全部を金閣に押し付けて、自分の意図と違うと駄々をこねる感じ。理解できない部分は多いけど、分からなくもないところもあります。 溝口は吃音(きつおん、どもり)でそれを気にしていますが、吃音があるから人と関わりが持てないというか、そのせいにしている。人から何かを学んで受け取ったり成長したりする経験がなくて、金閣しかないんですよね。憧れる対象が肉親とかではなく、モノっていう。

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三島由紀夫『金閣寺』主人公・溝口の吃音コンプレックス

三島由紀夫『金閣寺』主人公・溝口の吃音コンプレックス

――吃音は溝口のアイデンティティだよね。母親すらどもりを馬鹿にしたり、周りの受け取り方もひどいけど、溝口も受け取り方がひねくれている。溝口が声を発しようとすると出だしで詰まってしまいがちなんだけど、それで相手を戸惑わせたり、現実に対して発言も行動も遅れを取ってしまったりする。

けいと: ありましたね。

――並行して『未来をつくる言葉』というドミニク・チェンさんの本を読んでいたんだけど、ドミニクさんは軽度の吃音を持っておられる。吃音って身体の問題で、原因がよく分かっていないところもあるんだけど、ドミニクさんいわく「自分はこの言葉のこの頭文字で詰まりやすいからカタカナ語に置き換えよう」とか「もう少しで吃音が出そうだから言い換えよう」とか、その人なりの言語の捉え方や使い方に身体的な特徴は反映されていくんだなと思った。 溝口の悪友・柏木は足が悪いけど、彼はそれをむしろ利用している。肉体から来る思想というテーマはこの話全体を通してある気がする。

けいと: 肉体とその受け止め方は、生まれ持った素質みたいなものもあるんでしょうね。

――コンプレックスと捉えるかどうかもあるよね。ドミニクさんや、たとえば伊藤亜沙さんの『どもる体』に出てくるような人たちは吃音とうまく付き合っている。『金閣寺』が書かれた時代性や作品の目的もあるけど、溝口や柏木はダークサイドに落ちてる感じがするね。

けいと:「ダークサイド」で思い出しましたけど、そこはどこか映画の『ジョーカー』っぽいな、と。『ジョーカー』の主人公・アーサーは何も寄る辺がなく、生まれつきの障がいで意図せずに笑いが出てしまって、それもあって最終的に破壊衝動に向かっていっちゃう。『金閣寺』に通ずるものがありますね。

――確かに。

けいと: 溝口は実父より、金閣寺の老師に父を見出している感じもある。わざと悪いことをして放逐してくれとお願いしたり、親の関心を引くためにいたずらをする子供みたいでした。

――老師は重要人物だよね。彼の溝口への態度次第では、良い方に行くこともあったんじゃないかと思う。 外国の将校に、妊娠中の女性の腹を蹴らされて、その女性が賠償金を寺に取りに来たときも、老師は溝口を責めなかった。溝口からすると無視されたとも思うだろうね。まるで自分のことを大きな問題として扱ってないように感じる。

女性との行為を金閣寺=理想が邪魔する

――溝口はいつも理想を出せずに現実に遅れをとってしまうんだけど、彼いわくそれは吃音に由来してる。「私には美は遅く来る」とも書いてたね。有為子(ういこ)とのくだりでも行動の遅れの話が出てくる。

けいと: 有為子って最初に溝口が住む家の近所にいた子ですよね。後に射殺された……。

――そうそう。溝口は有為子に憧れてたけど一蹴される。彼女の裸体のイメージを求めて外に飛び出したら有為子と偶然出会って、目の前に出たはいいけど硬直してしまう。それで「吃りのくせに」と拒絶される。

有為子は海軍の脱走兵と恋仲になって、脱走兵が追い詰められると囮になったり手引きしたりするけど、最終的に脱走兵に殺されてしまう。有為子の存在はかなり溝口にとって大きいよね。

けいと: 他の女性を意識すると有為子のイメージが出てきますもんね。 

――憧れの生花の師匠の美女とも男女の関係になるけど、うまくいかない。金閣や有為子の存在が勝手な理想になって、現実がどうしようもなくなると理想が立ちはだかって萎えてしまう。

“私の言おうとしていることを察してもらいたい。又そこに金閣が出現した。というよりは、乳房が金閣に変貌したのである。(中略)こうして又しても私は、乳房を懐(ふとこ)ろへ蔵(しま)う女の、冷め果てた蔑みの眼差(まなざし)に会った。(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫193~194ページ ※()内は筆者。)”

けいと: 有為子にもしも受け入れられていたら金閣が出てこなくなったんじゃないかとも思いました。金閣と同じぐらい有為子の存在は大きかったんですね。 溝口が男女の仲になるチャンスを得ると金閣が出てくるの、映像が浮かんでくるんですよね。

――『ジョジョの奇妙な大冒険』のスタンドみたいに(笑)。

けいと: そうそう(笑)。金閣がどわーっと出てきて、溝口がハッとなって「無理です」ってなって、女性が冷めるお約束。

“私はむしろ目の前の娘を、欲望の対象と考えることから遁(のが)れようとしていた。これを人生と考えるべきなのだ。前進し獲得するための一つの関門と考えるべきなのだ。今の機を逃したら、永遠に人生は私を訪れぬだろう。(中略)そのとき金閣が現れたのである。(中略)娘は私の突然の気後れに、白い眼を投げて身を起した。(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫159~161ページ ※()内は筆者。)”

――有為子が自分を否定したまま亡くなってしまったから、最初に手に入れられなかったものをずっと手に入れようとして失敗していたところも溝口にはあるのかもしれないね。それで自分に反応しないモノである金閣を自分の良いように解釈し続けて、果ては曲解して恨んで燃やしたのかも。

心えぐる「あるある」エピソードが、三島由紀夫の手腕で『金閣寺』に昇華

心えぐる「あるある」エピソードが、三島由紀夫の手腕で『金閣寺』に昇華

――溝口を救える可能性があったのが、鶴川少年だよね。

けいと: 明るい、人の良い友人ですよね。

――鶴川は美少年で、二人の描写はどこかBL(ボーイズラブ)の雰囲気もある 溝口にとっては唯一の友達でまぶしすぎる存在だったんだけど、鶴川少年は悲恋に悩んで自殺のようにして死んでしまう。どことなく彼はオールド・スポート(『グレート・ギャツビー』)を思い出したな。

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けいと: ギャツビー、分かります。鶴川は『金閣寺』の良心ですよね。溝口の父親もそうですけど。寝ている横で自分の奥さんが浮気していても溝口に黙っているように口をふさいだり……これはいい人とは違うか。

――三島の心をえぐるエピソードの選び方がすごいよね……。

けいと: 『連ちゃんパパ』みたいな……。「手に届く範囲の嫌な感じ」がうまい。

※『連ちゃんパパ』……ありま猛氏による漫画作品。パチンコ狂いの奥さんが突然家出し、残された息子と二人、主人公が妻を探し回る。ほのぼのした絵柄と主人公たちのゲスさのギャップが話題となり、収録当時ネットで話題になっていた。

――ただそこはやはり三島由紀夫で、「あるある」ネタを文学的なテーマに抽象化する能力がすごいよね。無駄な文がない。停滞することもない。

けいと: 常に話が動いますよね。味が濃い。

――表現も繰り返しが少ないしね。

けいと: 気持ちいい描写も多いですよね。溝口が一人旅をしてるときの、旅館で窓見てるときの感じがとても良い。

“窓をあけて北風に身をさらした。海の方角では、さっきと同じように、誰に見せるともない、雲のゆったりした重々しい戯れが続いていた。雲は自然のあてどない衝動の反映でもあるかのようだった。しかも必ずその一部分には、明敏な理知の青い小さな結晶、青空の薄片が見えていた(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫245ページ)”

けいと: ただ溝口の場合、せっかくの旅行なのに心情がじめじめしているから景色もだんじめじめしてくる。

金閣寺と心中できない主人公。菓子パンとタバコのリアルさ

金閣寺と心中できない主人公。菓子パンとタバコのリアルさ

――そうだね。良い描写といえば、溝口が金閣を燃やそうと決意したあと、火災報知器の修理の日が迫ってくるんだけど、そろそろ燃やさなきゃってときに菓子パンを犯行前に買うんだよね。あれがすごくどこか、リアルでいい。

けいと: 分かります。急に「菓子パンと私の関係は~」みたいに語り出すんですよね(笑)。

――現実生活でも、大事な瞬間、死にそうなときとかに、どうでもいいことを考えそうだなって思うんだよね。菓子パンの描写は溝口の人間性が出てるシーンじゃないかな。

けいと: あの描写がなくてストレートに行っていたら印象違いますね。あくまで溝口の俗物な感じが伝わる。

――実際、犯行前は金閣と一緒に燃える覚悟でいたのに、燃えだしたらかなり溝口はあたふたしてるよね。

けいと: 「やっぱり死ねない」って金閣から出ちゃう。

――それで、お腹空いたから菓子パン食べて……。

けいと: タバコ吸って……ひと仕事終えたわーと。あそこはなんだかめちゃくちゃ清々しかったんですけど、あれはなぜですかね。 歪つだけど成長したというか羽化したというか、そういうことなんですかね。

――悪い方向だけど、溝口の願いが実現されたカタルシス(※)はあるかもしれない。溝口は金閣を美の象徴としつつ、悪魔的な存在にも感じて中盤から金閣を「燃やす燃やす」ってずっと言っていたから。溝口はダークサイドに堕ちていくんだけど、読者は読んでいくうちに彼に同調するところがあるだろうし。

※カタルシス……演劇・心理学用語。浄化作用。アリストテレスが『詩学』で悲劇の効用として述べたもの。日頃のうっぷんが、演劇の展開でスッキリと晴れるようなこと。伏線の回収や悪が成敗されるなども。

けいと: 人質に取られたときに犯人と同調しちゃうやつですね。

――そうそう、いわゆる「ストックホルム症候群」にも似ているかもしれない。

※ストックホルム症候群……人質・監禁などの被害者が加害者に対して同調や好意的な反応を持つこと。スウェーデン・ストックホルムで1973年に起きた銀行強盗事件に由来する。

けいと: 最初は不幸自慢が多くて、じめじめして読み進めるのが辛かったんですが、金閣寺を燃やす計画が始まるあたりから面白くなってきました。本当に燃やすのかって。

――金閣寺を燃やすって決めたあたりから溝口がいきいきしだすのが、読者にも伝わってくるんだよね。方向性は違うけど、梶井基次郎の『檸檬』にも通ずるものを感じた。

けいと: 良いですね、『檸檬』も読んでみます。

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