『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読む。 真っ直ぐな男の切ない生きざま

Wed, Sep 9, 2020

ライター:平田提

グレート・ギャツビー 読書 ブックフォービギナーズ
『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読む。 真っ直ぐな男の切ない生きざま

スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』。『華麗なるギャツビー』というタイトルでも知られ、ロバート・レッドフォード、レオナルド・ディカプリオなどの主演で何度も映画化されていますが、一体どんな作品なんでしょうか。今回は俳優としても活躍する友人・荒井啓仁(あらいけいと)くんと1カ月で村上春樹訳バージョンを読んでみました。男の生きざま、正直に生きることの葛藤が描かれていました。

けいと

荒井啓仁(けいと)くん
最近好きなゲームは『ゴーストオブツシマ』、好きなアニメは『おジャ魔女どれみ』など。平田とはオタク友達。

daihirata

平田提
好きな映画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『デッドマン(ジム・ジャームッシュ)』『鍵泥棒のメソッド』など。けいとより年上。

podcast版(前編)

podcast版(後編)

村上春樹訳『グレート・ギャツビー』を、読む前に語る

村上春樹訳『グレート・ギャツビー』を、読む前に語る

(読む前)

――さて『グレート・ギャツビー』ですが……モダンライブラリー(※)が発表した、「20世紀最高の小説」の2位にランクされているらしい。

※モダンライブラリー……アメリカの大手出版社ランダムハウスの一部門で「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」を編集者が選出している。ちなみに1位はジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』。

けいと:すごいですよね。どんだけ名作なんだろう。村上春樹が小説家として目標の1つにしてた作品なんですね。

――何度も映画化されてるし、1920年代の小説だけど、アメリカ人が好きな作品なんだろうなあ。

けいと:古き良きアメリカというか。

――中学か高校のときに、海外版の雑誌『プレイボーイ』を読んだら、ジェイムズ・エルロイっていう犯罪小説作家のインタビューで「俺はギャツビーみたいにシャツをいっぱい持ってるんだ」とか言ってて、何か惹かれた記憶がある。

けいと:なるほど……(Google画像検索する)エルロイさんのこのスキンヘッドと表情、マフィアと言われても信じますね……。

――(笑)。ギャツビーはダンディな男の象徴みたいなところがあって、化粧品のブランド名にもなるのかな。アメリカ人が「ギャツビー」って言ったら、イメージを共有できる存在なんじゃないだろうか。

けいと:俄然楽しみになってきますね。アメリカって映画とかエンタメは観てるけど、個人的に関わりはないから、アメリカの文化やエポックメイキングな、時代の舵をとった作品を知れるのは楽しみです。

村上春樹訳『グレート・ギャツビー』を読んだ後。いつ出てくる、ギャツビー

(読んだ後。品川の喫茶ルノアールにて)

――じゃあ始めますか、オールド・スポート。

けいと:オールド・スポート(笑)。

――「オールド・スポート(old sport)」は、ジェイ・ギャツビーが主人公のニックに話しかけるときの言葉だけど、村上春樹の解説を読むとイギリスのオックスフォード特有の言い回しのようだね。「きみ」とか「友人」に近い意味らしいけど、日本語にうまくニュアンスを訳せないから村上春樹はそのままにしたと。

けいと:そのおかげでギャツビーの異邦人感というか、ニックやその知人のトムたちとの違いが見えましたよね。彼らはアメリカの上流階級で、ギャツビーは言ってしまえば成金、怪しいエセ金持ちだし。

『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読む。 真っ直ぐな男の切ない生きざま

――ギャツビーはどうやら非合法な手段でお金を稼いでるんじゃないかと作中では示唆されていたね。オックスフォード行きの話もハクをつけるためっぽいし。改めてどうですか、読み終わって。

けいと:いやー……ギャツビー大好きになりましたね。ニックの周りの人間が魅力的じゃないのもあって余計に。トム・ブキャナンとか、その浮気相手の友達たちとか。

――最初から70ページぐらいまで、彼らのパーティーが中心の内容だよね。

けいと:面白いのかこれ、って(笑)。

――冒頭から主人公ニック・キャラウェイの手記として始まって、まず同じ大学の知り合い程度だったトム・ブキャナンと再会する。彼は自分の親戚のデイジーと結婚して、ニックの近くに住んでいる。トムはミセス・ウィルソンと浮気をしてて、その友達とパーティをしてるんだけど……それが70ページぐらいまで。ギャツビー、出てこない。

けいと:いつギャツビー出てくるんだ!って思いましたね(笑)。

――パーティに参加しているニックすらも時計を気にして帰りたくなっていたんだよね。彼はお父さんにこう言われているから自分で決められない性格になっちゃった。

“「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」” (スコット・フィッツジェラルド、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』9ページ/中央公論新社)

けいと:逆にギャツビーは全部自分で決めてきた人なんですよね。だからこそ輝いて見えるというか。トムだって聞きかじった科学とか他の人の意見で話す。あとのっけからデイジーの「可愛い」描写がすごいですよね。

――セリフもかわいいし、気の利いた冗談もいい。この小説は描写が独特だよね。村上春樹の訳だからか、フィッツジェラルドの癖なのか、春樹がフィッツジェラルドを好きだからなのか、春樹作品に通ずる表現が多い。例えばニックが故郷に残してきた幼馴染のことを思い出すとき。

“でも僕が彼女について覚えているのは、テニスをしているとき、上唇にうっすらとした口髭(ひげ)みたいな汗が浮かんだ、ということくらいだ(スコット・フィッツジェラルド、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』114ページ/中央公論新社)”

ニックとその女性は結婚を意識するほどの間柄で、毎週手紙も書いてるのに、そんなことないだろうって。あえて小さいエピソードに集約させて些細なことのように見せるんだけど、かえって重要に見えるもの言い。

けいと:僕もそれ、ぐっときた文章でした。人を思い出すときに、人柄のことよりも、そういう焼き付いたエピソードのほうが目に浮かぶ。

――ただ最初は読みづらく感じたんだよね。形容詞が長いし。デイジーの家で、ジョーダン・ベイカーという女性を紹介するシーンとか。

“彼女はソファの自分の側に長々と身を横たえ、ぴくりとも動かなかった。顎は僅かに上方に向けられていたが、今にも落っこちてしまいそうなものが顎の先端に載っていて、巧みにその均衡をとっているという印象を受けた(スコット・フィッツジェラルド、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』114ページ/中央公論新社)”

けいと:本当に乗っけてんのかな、って思いますよね。会話のキャッチボールをしない感じもあるし。

――現実の会話も書き起こすと脈絡がなかったりするけど、デイジーやジョーダンやトムの会話は、お互い信用していない感じ、社交で話している印象もあるよね。

ギャツビーの欲求と謎が明らかになると面白くなる

――独特の表現にだんだん慣れてきて、後半のデイジーへのギャツビーの欲望が明らかになってくると、さらに面白くなっていったな。

けいと:同じですね。ギャツビーが何者なのって気になるし。なぜニックに大富豪が寄ってくるのか。

――彼は毎日のようにパーティを開いているんだよね。ニューヨークのウエスト・エッグに住むギャツビーは、向こう岸のイースト・エッグに住むデイジーの家の「緑色のライト」を毎晩眺めてる。5年前恋人だった彼女と、もう一度やり直すために、わざわざでかい屋敷を購入して。デイジーとの縁をつかむ意味でも、たくさんの人を毎晩招待するけど、誰一人彼のことを詳しくは知らない。

※ウエスト・エッグ……架空の街。『グレート・ギャツビー』作者のスコット・フィッツジェラルド(写真:Shutterstockより)が住んだニューヨーク州の「グレート・ネック」がモデルとされる。

ウエスト・エッグ……架空の街。『グレート・ギャツビー』作者のスコット・フィッツジェラルドが住んだニューヨーク州の「グレート・ネック」がモデルとされる

けいと:ギャツビーが最後亡くなって、葬式に誰も集まらないのが悲しくなりましたね。

――あれだけ盛大にやっているのに、2人しかギャツビーの葬式には来ないんだよね。ギャツビーはほとんど無一文から軍功を上げて少佐ぐらいまで昇格して、いつしかペテン師のウルフシャイムと一緒に悪事を働いてお金を稼ぐようになる。彼が虚像をつくってしまったから、人が近づかないのもあるんだろうけど。

けいと:だからこそ、デイジーをギャツビーは欲しがっていたんですよね。

――デイジーが良家の娘だからというのもあるけど、デイジーと付き合っていたときがギャツビーにとっては理想の自分だったんだろうね。

けいと:自分が一番好きな自分、自分が誇れる自分だったんですね。切ない……。金持ち像はウルフシャイムに仕立て上げられたものでもあるし。

――読む前にジェームズ・エルロイの「シャツが大量にある」話をしたけど、レンガみたいにシャツが積んである描写があったね。映画に映えるシーンだな。

けいと:映えますよね。映像化しやすいけど、一方でしにくいのかもと思いました。ギャツビーのイメージが人それぞれ決まっていくから。でもギャツビーはディカプリオがぴったりですね。

――最後に近づくほどディカプリオ感出てくるよね。

『グレート・ギャツビー』ギャツビーとデイジーの交わらないグラフ

――ギャツビーの熱い思いはデイジーに伝わって、彼女も踏み込みたいところもあるけど、踏みとどまる。実らないだろうなっていうのはお互い分かってる感があって切ない。

けいと:夢だけ追ってきたギャツビーの5年と、結婚して子供も生まれて生活が大事になったデイジーの5年の違いも見えますよね。ギャツビーからの再告白のシーンで齟齬が浮き彫りになった感じ。

――成り上がるしかないギャツビーと、初めから良家に生まれてステータスがカンスト状態(カウンターストップ、上げ止まり)のデイジーとの違いもあるよね。与えられた境遇から逃れられない意味ではギャツビーと一緒かもしれないけど。

けいと:なるほど、切ない……。

――ギャツビーの人生はゴールにデイジーがいる上向きのグラフなんだけど、デイジーはずっと高いままの横ばいのグラフ。一回の浮気や散財が良ければいいってところはあるのかも。満足がないこともデイジーは分かってる。二人のゴールは一緒じゃない。ギャツビーにとって唯一の幸せは、ニックという孤独を分かってくれる人がいたこと。

『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読む。 真っ直ぐな男の切ない生きざま

けいと:ニックはギャツビーの良き理解者、そうであってほしいですね。ニックはギャツビーをべた褒めはしない。「君おかしいよ」って進言もする。だからこそ2人の関係は良かったのかな、と。ツーカーではないけど、通ずるものがある。

――ギャツビーがキャラとして愛されるのはよく分かるよね。

けいと:ギャツビーが完璧じゃないところがいい。僕は最後の一節が印象に残ってて。

“ギャツビーは緑の灯火を信じていた 年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れた朝に―― だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも(スコット・フィッツジェラルド、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』325~326ページ/中央公論新社)”

これってギャツビーが考えていたことのすべてですよね。これでギャツビーが好きになりました。

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この文体・描写だからこそ美しく終わる『グレート・ギャツビー』

――僕は同時並行で夏目漱石の『坊っちゃん』を読んでたんだけど、「正直」ってテーマは通ずるなと思った。『グレート・ギャツビー』の登場人物たちは嘘をついてなきゃいけないような社会に生きている。やることがみんな徒労に終わって、欲求は何も満たせない。

けいと:デイジーもトムもそうですよね。ギャツビーだけが違うように見えた。夢を叶えようとするエネルギーがすごい。

――そうなんだよね。でも、ギャツビーのように生きると死んでしまうという皮肉。

けいと:ギャツビーがデイジーとくっついて幸せになったとしたら、『グレート・ギャツビー』はそこまで良い作品じゃなかったですよね。最後こうしてギャツビーが散っちゃうからこそ美しいというか、ここまで引っかかる作品になった。

――最初は持って回った言い回しに慣れなかったけど、最後まで読むと「このためにあったのか!」って感じたんだよね。その描写を映像として、走馬灯のように思い出した。だから必要な描写しかなかった。映画にできるドラマ性もあるんだけど、描写や文体こそが『グレート・ギャツビー』の魅力なんだろうな。この手触りは小説にしかない。

けいと:シンプルにしたら面白くないのかもしれないですよね。ここまでしつこく描写したからこそ、残るものがある。質量が大きくなったというか。

――洒脱な文章で終わるかと思いきや、メロウな泣かせる話をぶちこんでくるのがずるいよね。

けいと:前半読んでた感想と、読み終わった後と、ここまで掌返すかな自分って思いましたね。ギャツビーのような人でありたいっていまは思えますね。

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