シオランのペシミズムで『進撃の巨人』を連想『生まれてきたことが苦しいあなたに』

2020/09/14 10:46

ライター:平田提

ブックフォービギナーズ 読書 エミール・シオラン 哲学
シオランのペシミズムで『進撃の巨人』を連想『生まれてきたことが苦しいあなたに』

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ルーマニア生まれの哲学者・作家エミール・シオラン。シオランの思想について書かれた『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』(大谷崇/星海社新書)を二人で読んで語り合いました。 子供を持つことに対して批判的な立場である反出生主義や人生のむなしさが根底にあるシオランの思想から漫画『進撃の巨人』の世界観を連想しました。

※話の流れで漫画『進撃の巨人』31巻までのネタバレをやや仄めかす表現を含みます。ご注意ください。

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栗原大輔くん
平田の学生時代の友人。元野球部セカンド。

daihirata

平田提
ベンチウォーマー。

『生まれてきたことが苦しいあなたに』シオランのペシミズムは生きる知恵?

『生まれてきたことが苦しいあなたに』シオランのペシミズムは生きる知恵?

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――今回は大谷崇さんの『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』を読みました。シオランは単純に言うと「暗い」思想家で、この本の章題をとってみても、

  • 怠惰と疲労
  • 自殺
  • 憎悪と衰弱
  • 文明と衰退

と、人生に抱くむなしさが思想の根底にあるよね。

※ペシミズム……悲観主義や厭世(えんせい)主義。人生に意味がなく、何事も悲観的に捉える考え方。ペシミスト=悲観主義者。

栗原: 本のタイトルからすると、生きてることが苦しい人の薬になる本なのかと思ったら…そんなことはなかった(笑)。生への疑問や自己肯定感が下がっている人の気持ちを、この本はかさ上げしてくれない。むしろゲージを削られる(笑)。 でも読んでいくと一周回って、楽になるところもあるかもしれない、深刻になっても仕方ないって思えるようになる。

――確かにね。シオランが自分を上回るとんでもない毒を吐いてくれるから(笑)。

栗原: この本の最後のほうに書いてあったけど、ペシミズムの思想は生きる知恵なんじゃないか。戦略的に使ったらいいものなのかもしれない。 漫画だったら悪役の思想だよね。シオランの考え方は。『ジャンプ』漫画のスローガンたる「友情・努力・勝利」の真逆。主人公じゃなくて『機動戦士ガンダム』の敵役・シャアの思想っていうかね。正しいかは分からないけど、一理あるかもしれない考え方。 

シオランのペシミズムは『進撃の巨人』の世界観とリンク

シオランのペシミズムは『進撃の巨人』の世界観とリンク

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――実存主義で有名なサルトルやボーヴォワールと同じカフェになぜかシオランがいて、たまにボーヴォワールのタバコの火を無言でつけてた……ってエピソードが面白かった(笑)。シオランはキャラとして面白いよね。行為がダメだとかいいながら結局働いてたり、高齢の時に若い女性と浮気したり欲を出して、言行不一致なところがある。憎めないキャラというか。

栗原: シオランは実存主義とは相容れないアプローチだよね。それなのに黙って横にいる神経が面白い(笑)。 自分の思想をシオラン自身がどこまで信じてたのかなって思ったね。最終的に人生を肯定したいのか。逆説的なアプローチというか、こじらせることによってそのゴールにたどり着くような。

――ペシミストっていうのは、生きている意味はそもそもないという立場だよね。シオランの考え方は次の子供もつくることもやめたほうがいいじゃないっていう反出生(はんしゅっしょう)主義に結びつく。

栗原: 反出生主義は悲観が自分の生の範囲を超えて、人間全体の社会にまで拡大してるのが面白いね。生まれてきたことが災いで、いったいどんな理由があって子供をつくっていいと言えるのかみたいな問い。行き着く先は人類は滅ぶべきじゃないかと。

――そうだね。ラスボスの考えることだよね。自分の考えだけで全人類滅ぼそうとする。

栗原: 読んでいて漫画の『進撃の巨人』を思い出した。世界観が似てる。大切な人を守るにしても侵略するにしても、生きることの根っこに排他的な暴力がある、地獄のような世界。そんな世界に生まれ落ちたキャラクターはそれぞれ運命を背負わせられるんだけど……とあるキャラは「我々の種は滅んだほうがいい」って考えるでしょ。その考えがどう結論づくのかは分からないけど、『進撃の巨人』を読む上でそのテーマは興味がある。それを乗り越えるのか、乗り越えられないのか。反出生主義やシオランの思想は、生きていて当たり前に思っていることを揺さぶりかけるものだね。

※『進撃の巨人』……諫山創による漫画。2020年9月現在、32巻まで刊行中。正体不明の巨人に生命を脅かされる人間たちは巨大な壁の中で暮らすが、超大型巨人・鎧の巨人による壁の破壊で巨人の生態を知り、駆逐する方法を編みだすことを迫られるが……というお話。

――確かに。

栗原: 生きることが苦しい、地獄だっていう世界観に人間がどんな選択肢をとるのか。退く、諦める道もあれば、それでもなお生きるんだって強い思想もあるし。何が正しいか分からないけど、『進撃の巨人』はキャラそれぞれの言い分を聞いてみたい。乗り越えていく方はニーチェ的な「超人」だし。 

※ニーチェ……19~20世紀ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェ。『善悪の彼岸』『ツァラトゥストラはかく語りき』などで生きづらさを克服するために、恨みのような負の感情(ルサンチマン)を克服し、キリスト教を始めとした西洋的な概念からの脱却の必要性を「神を死んだ」と説いた。

――シオランもニーチェの思想を意識していたようだね。僕は反出生主義でいうと芥川龍之介の小説『河童』を思い出した。河童は生まれる前に生まれないことを選べるって描写があったんだよね。

「なぜ生きなければならないか」は普遍的な問い。シオランは考えるヒントになる

――シオランの考えがピンとくるかどうかは、人によって、状況によってさまざまだと思うけど、僕も中学生ぐらいのときは「生きるとは何か」をいつも考えたりして暗かった。

栗原: あったね。

――なぜ生きなきゃいけないのか、どうやら種(しゅ)として種をつながなきゃいけないらしい、じゃあ存続しなきゃいけない理由ってなんなんだ、個々人の生きる意味はないのか?……とか。シオランの葛藤は、普遍的な、みんなが悩むことなんだよね。

栗原: そうだね。一方で、生きることに悩んでいる当事者からするとシオランに「こんなこと言われたら腹が立つ」ってのもあるかもしれない。「うまく生きれません」って言ってるのに、「生きる意味なんてないよ」って(笑)。自分が自分でなきゃいけない理由を考えることはあるよね。生きている理由が何かとかより、その環境にいなければそんな問いも出てこない。その状況が問題なのかもしれない。

――そうだね。シオランは殺人はそこに動機があるからこそ目的のない怠惰よりも人に理解されやすい……ようなことを言っている。

“犯罪を犯すのは、怠惰な人間、衰弱した人間、ペシミスト、意志の弱い人間ではなく、勤勉な人間、生き生きしている人間、オプティミスト、意志の強い人間である。どちらの人間が社会で成功しやすいのか、言うまでもないだろう。 この意味で、世間の人は「何もやりたくない」と叫ぶ人よりも、人殺しに対する方が寛大なのだ。なぜなら彼らは人殺しがしたかったこと、その動機に基づいて立てた計画、そして計画の実行――こうしたことについて理解できるからだ。” (大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』星海社新書/84ページ)

※オプティミスト……楽観主義者。

――そうすると動機がある行為を認めると悪徳の存在がはびこるから、行為がよくないって発想になる。

栗原: 良いとか悪いとかじゃなく、生きるってことが基本的に他者を拒絶することや暴力や競争になってしまうから、それにうんざりするなら何もせずじっとしてようってことだよね。

――一方で、この本の大谷さんは、ペシミストは「死にたい死にたい」と言いながら結局生きている、根本的に矛盾した存在だとも言っているね。

栗原: 最初にも言ったけど、ペシミズムは便利な思想なのかもしれない。生きるためのスタイルというか。でももともと挫折するものとして位置づけられてないとだめな思想だよね。生きる限りは矛盾するしかないし。

日常・習慣によって生かされている

――栗ちゃん自身は、生まれてきたことが苦しいと思ったことはありますか?

栗原: 思春期のころとかは、あったね。でもだんだんそういうことより日常に追われてくるでしょ。自分の子供が産まれたときに、そんなことは思えなくなった。本当に心から「生まれたことが苦しい」って思ってたら子供をつくってちゃいけなかっただろうし。

――僕も同じだな。思春期の頃は「生まれてすみません」って感じで、太宰治を読んでさらに暗くなったりしてたけど、大人になるにつれて、日常的にやることが増えるとそんなこと考える暇がなくなっていった。仕事にしろ、家事にしろ、それによって生かされているんだろうな。習慣に。何もしないでいられないから、ペシミスティック(悲観的)になる暇がない。だから生きていられてる気もする。

栗原: たぶん生きていて苦しいっていうのは、外部と自分がうまくマッチングできていない苦しさなんだよね。

シオランにとって苦は生きる糧だった?仏教とのつながり

シオランのペシミズムは『進撃の巨人』の世界観とリンク

Photo by Simon Migaj on Unsplash

――なぜ子供をつくる、なぜ結婚するという疑問を抱いたことはあるんだけど、世の中のすべてに理由が先にあるわけでもないんだよなあと今は思うんだよね。状況が変わると、人は考え方が変わる。それだけの話ではあるんだけど、初めから家族をつくらないという考えもありだと思う。 しかしさっき言っていたように、その状況にいるから苦しみを感じるというのは事実だよね。僕だっていつペシミスティックになるか分からない。そんなときに、人生に毒を出し切った存在としてシオランの思想の価値があるんだろうな。

栗原: 対話相手だよね、シオランは。そういうときの壁打ちの存在というか。

――シオランは仏教にも惹かれているよね。ブッダの「一切皆苦」は「生老病死」で死ぬことじゃなく生きることも入っている。仏教の場合は龍樹(ナーガルジュナ)の「四句否定」のように「苦すら意味がない」に至るけど、シオランは苦にこだわってる。ある意味、解脱したくない。苦はシオランにとって必要なものだったのかな。

※一切皆苦……人生全てが苦であるというブッダの悟りの一つ。 ※四句否定……紀元2世紀に生まれた、仏教中観派の祖ナーガルジュナが発展させた考え方。ジレンマ(二句否定)は「私ではない/私でないことはない)、トリレンマ(三句否定)はさらに「私でも私でないわけでもない」が加わる。テトラレンマ(四句否定)はさらに「その両者であることも、その両者でないこともない」と続き、問いそのものを宙づりにする。これが「空」や「中論」と呼ばれその後のインド仏教、中国の大乗仏教に影響を与えた。

栗原: たしかに。仏教とのつながりは面白かった。「解脱」という言葉もこの本によく出てくるしね。

――生きることを否定しながら、生きることに固執しているように見えるペシミストの矛盾は、苦にこだわることに出てるのかもしれない。仏教の解脱って輪廻のループから抜けることだよね。でもシオランは解脱したくない感じがする(笑)。苦から始まるいうか、原罪にこだわるキリスト教的な感じ。苦が生きる糧でもあるからかもしれない。そこにいかに対処するか、どういう態度とるかっていうのを反面教師的に教えてくれる思想なのかも。

栗原: 面白いね。シオランにしても仏教にしても、生きていることが苦で、辛いもので「背負わされちゃってる感」、負い目というのが宗教問わず発生してるのは不思議。これはなんなんだろうね。

――不思議。

栗原: 生まれてきた以上は何か社会に返さなきゃいけないような考え方が、人を続けさせるのかもしれないけど。仏教だろうがシオランだろうが、宗教とか社会のシステムっていうのは負い目が必要だってことなのかもしれない。仏教も不思議だよね。生きることが苦しい、お寺に入るということは一回死んだことになるけど、じゃあなぜ死なないで寺に入るのってこと。負い目を感じながら生きるのが、人間の社会に根っこに必要な考え方なのかもしれない。

――頭が良すぎる人ほど悩むというか、考えなきゃいいじゃんってなるんだけど、人間全体がそうなんだよね。意識、文字、言語とかを手に入れたから人間は勝手に考えなきゃって思ってるけど「それ一旦やめましょうよ」がブッダの言いたいことだったのかもしれない。夏目漱石が後年至った「則天去私(そくてんきょし)」の理想は、一個の個人の考えではなく自然に任せようというものだったけど、これもそうだよね。 そうはいっても誰もが悩みに陥るからこそシオランの軌跡は活きてくるんだろう。

栗原: この本が売れていること自体、みんなが悩んでるってことだよね。 反出生主義だけじゃなく、産まない・産めないこと、LGBTQとかいろんな志向や愛の形、いろんな問いかけに考えていくことが増えると思うんだけど、多様性が増しているからこそ問いや悩みが顕在化しているのかもしれない。いずれにせよこの本は考える良いきっかけになったね。

――シオランの思想は、これからの時代さらに必要とされるのかもしれないね。

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