夏目漱石『坊っちゃん』を読んだ感想。ひたすら小気味よい悪口が続く落語のよう
2020/08/31 10:49
ライター:平田提
ブックフォービギナーズ 坊っちゃん 夏目漱石 日本文学「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」の出だしで始まる、夏目漱石の小説『坊っちゃん』。他の作品は教科書などで読みながらも、読むことがなかった『坊っちゃん』を大学の同級生・金井くんと読んでみました。『坊っちゃん』のイメージは、読む前と読んだ後では大きく変わりました。どんな小説で、何が面白かったのか語っています。podcast版もぜひどうぞ。
金井宏之くん
平田の学生時代の友人。柑橘類を食べると汗が止まらない。
平田提
昔テレビ番組「トリビアの泉」で金井くんとバイトをしていた。
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前編
後編
――夏目漱石の作品ってどのぐらい読んでる?
金井: 『三四郎』『門』『それから』『坊っちゃん』は読んだかな。『坊っちゃん』は学習漫画で読んでるはず。
――『こころ』は高校の授業でやったから覚えてるな。あとは『吾輩は猫である』か。 文豪の作品ほど読んだことを覚えてないのはあるかもしれない。
金井: 本のタイトルを読んだだけで中身も読んだ気になっちゃうところはあるね。『坊っちゃん』は漱石の他の作品と比べると、読み味が軽いイメージがあるね。
――そうだね。『坊っちゃん』は先生の話だよね? 「赤シャツ」とかあだ名のついた登場人物が出てくるのは知ってる。元気な主人公が解決に回る?みたいな話かな。夏目漱石の作品は何度か読もうと思ったけど、本文が旧仮名遣いだったりとかで挫折したんだ。難しい印象があった。でも柄谷行人(※)とか読んでると、漱石の話が出てくるから「読まなきゃ」とはずっと思ってた。
※柄谷行人(からたにこうじん)……哲学者、文芸批評家。著書に『漱石試論』『マルクスその可能性の中心』『日本近代文学の起源』などがある。
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金井: いろんな本に漱石の名前や作品名は出てくるよね。練りに練られた日本語といえば漱石、というのもあるし。「夏目漱石がこの時代にこの言葉を使ったから、この日本語は正しい」みたいなのも聞いたりする。
――『10年後世界が壊れても、君が生き残るために今、身につけるべきこと 答えのない不安を自信に変える賢者の方法』(山口揚平/SBクリエイティブ)って自己啓発本で知ったんだけど、夏目漱石が成功したのは朝日新聞という当時最先端メディアで連載を始めたからだと。ただメディアの先進さの評価は今は関係ないから、純粋に『坊っちゃん』というコンテンツの面白さを知りたい。読む前に、どんなことを期待する?
金井: 学習漫画で読んだイメージはおぼろげだけど、自分の持ってるイメージとどれだけ合致するかは確かめたい。あとは単純に自分がどんな感想を抱くか。
――あらすじだけ見てると青春小説というか分かりやすい物語に見えるよね。表現の上での漱石の挑戦はどんなものなのかは気になる。
金井: 勧善懲悪のイメージがあるよね。漱石の本流からは外れてるような。でもそこの背景に何が隠されているのかは知ってみたいね。
――さて夏目漱石『坊っちゃん』を読んでみてどうだった?
金井: 読む前は勧善懲悪のイメージだけだったけど「坊っちゃんむちゃくちゃやるな!」という感想だね。
――確かに!
金井: 身勝手なやつなんだなって(笑)。完全な悪人ってわけでもない赤シャツとかに坊っちゃんやり過ぎるぐらいやってて。
――江戸っ子のべらんめえ口調で、ひたすら坊っちゃんが文句を言ってる小説という感想だな。
金井: たしかに、田舎に対してひどい言いようだよね。こんな田舎はどうしようもない、とか(笑)。
――「俺みたいな江戸っ子がこんな田舎ごときに来てやってる」かのようなね(笑)。田舎のお前らにはこのぐらいの娯楽しか無いんだろ、みたいなひどい言い草がたくさん。
金井: この時期の漱石、やさぐれてたのかなって思った(笑)。『坊っちゃん』って漱石にとっては2作目なんだね。『吾輩は猫である』の次の。知らなかった。てっきりいろいろな小説を書いてる中で片手間に書いたものかと。30代後半ぐらいで、漱石なりのやさぐれた気持ちがこういう文句の強い小説になったのかなと。
※画像は国立国会図書館「近代日本人の肖像」の利用規約に基づき使用。
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――新潮文庫版の『坊っちゃん』の解説を読むと、イギリスに行って精神的に落ちたときに高浜虚子に勧められて、治療の目的で書いたのが『吾輩は猫である』とあるね。その後の作品と考えると、治療じゃなくて純粋に小説を書こうと思って書いたのが『坊っちゃん』だったのかな。
金井: とにかく『坊っちゃん』の中では毒を吐きまくってるよね。夏目漱石は朝日新聞で働くのに、新聞のことも批判してるよね。新聞なんか嘘ばっかりだと。学問に対しても拒否的というか。
――漱石は当時の日本で言えば、最先端の教育をうけたエリートなわけだけど、それ自体を批判している。それが面白かった。
――赤シャツと野だいこがうらなり君の婚約者のマドンナを奪おうとしてたり、坊っちゃんや山嵐を罠にはめたりすることに、立ち向かっていく内容だったね。坊っちゃんの人に対する評価がちょっとした行動で180°変わるのが面白かったな。
金井: そうそう。山嵐への評価とかね。くるくる変わる。正直でいいやつだ。
――山嵐とケンカしたとき、こいつからおごられたのが嫌だからって2人の机の間にお金を置いておくとか。一方で急に「こいついいやつじゃん」とか。
金井: 単純だよね(笑)。
――そこが面白かったな。読む前に話したとき、分かりやすいストーリーじゃないかとは思ってたけど、話の内容以前に坊っちゃんの毒舌がすごすぎるのが印象的だった。
金井: いまこんな小説書いたら文句言われそうだよね。当時だから許されたのかな? 夏目漱石だから? とんとん話が進んでいくのは面白いよね。悪口がひねくれて 単語を重ねていく
――よくこんな悪口出せるな、っていう。
金井: でも言葉にしようとするとうまくしゃべれないんだよね
――坊っちゃんはこの小説の文体・語り手なんだけど、坊っちゃん自身のセリフになると、「俺は口下手だから言えねえ」ってなっちゃう(笑)。
金井: そうそうそう。清への手紙とかもあっさりしてて。
――「これじゃわかりませんからもっと長く書いてください」みたいなね。
金井: 逆に坊っちゃんからすると、「清の手紙は長すぎてよくわかんねえ」みたいな。
――どことなく落語っぽいよね
金井: そうそう。べらんめえ口調で、面白いかけあいがあって。
――冒頭の一行の「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」その通りで、常に坊っちゃんは無鉄砲だったね。
金井: 後から振り返ったら「やっちまったな」っていう趣旨の話なのかな。最期まで暴れまくってせいせいした、で終わってるけど、「俺って無鉄砲でこんなことやっちまってたな」って後悔もあるのかな。
――確かに武勇伝というか黒歴史だよね。
金井: 山嵐とも仲良くなったかと思えば「すぐ分かれたぎり今日まで逢う機会がない(新潮文庫/179ページ)」と書いてあるし。
――最期に赤シャツが舞妓さんと密会する現場を押さえてやったことも、結局は鉄拳制裁だよね。
金井: 暴力に訴えるっていう(笑)。
――ロジックには勝ててなくて。坊っちゃんも山嵐も、2人とも学校辞めてるし、うらなり君も延岡に行ったままで、坊っちゃんたちは負けてるんだよね。
金井: 気持ちはスッキリしてるかも知れないけどね。
――戯画化されてるのかね。風刺小説というか。
金井: 坊っちゃんみたいなスタンスを取ると一時的にはスッとしても結果的に苦しい思いをすると。頼れるのは清だけになる。
――インテリの漱石が自分をモデルにしつつ、全然別のキャラでその体験を書くという手法は、当時どう捉えられたんだろうね。
金井: どうだろうね。読む前は『坊っちゃん』のイメージは良いストーリーだった。坊っちゃんは正直な人間で不正を正していくんだと。読んだ後は、それとは違う反面が目立ってくるね。
――後半は敗色濃厚というか、寂しさも出てくるんだよな。
金井: 坊っちゃんは結局田舎には馴染めずに終わったよね。
――「世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えてみろ(新潮文庫/53ページ)」って書いてあった。その後も正直者といかさま師のせめぎあいはテーマの一つなんじゃないかと思った。でもある面ではいかさま師に負けてしまう。
金井: 結局そういうのに勝てない。個人的に気になったのは「親譲りの無鉄砲」といいながら、坊っちゃん自身の家族というものがちょっとしか描写されてないところ。親のエピソードはあんまりなかったよね。そういう家族関係の薄さが、清との関係性の深さにつながっているのかも。
――なるほど。あとお兄さんとは反りが合わなくて……というのはあったけど両親については描写が少なかったね。
金井: 両親は早々と亡くなってしまって、お兄さんとも離別して、10代後半で独り立ちするっていうのは、家族に対するひねくれた思いもあるのかなって。
――清は坊っちゃんの家の下女なわけだけど、なぜその立場かといえば、倒幕でお家が零落した(落ちぶれた)からなんだよね。徳川幕府が滅びたから。驚いたのは、江戸幕府という言葉が出てくるところ。「そんな時代か!」って。坊っちゃんからすると、武家のバックボーンのあるおばあさんが自分の才能を認めてくれているから、懐く。一方で自分を否定するお父さん・お兄さんには懐かない。武家に認められているプライドや江戸っ子であることは坊っちゃんにとってアイデンティティなんだろうね。
――かなり単純にプロットを話すと「四国の中学校に赴任したけど、同僚とうまく行かずに帰りました」なんだけど……。
金井: かなりシンプルだな(笑)。間違ってはないけど。
――事件としてはそんなに大きいことはないのに、こうもうまく読ませるのかって思ったな。
金井: 宿直にイナゴが入ってきてとか(笑)。
――それがとんでもない大事件のように描かれるでしょ(笑)。
金井: ちょっとしたいたずらを大仰(おおぎょう)に捉えて「とんでもねえやつらだ」みたいなね。
――それが江戸っ子なのか。沽券(こけん)に関わるというか。だんだん読み進めていくと、坊っちゃんの文句やべらんめえ口調が気持ちよくなってくるんだよね。
金井: 坊っちゃんは次、どこに突っ込むのかって。
――ちょうど並行してスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読んでたんだ。まったく毛色の違う話だけど、「正直者といかさま師」のテーマはリンクしたんだよね。
金井: 確かに。「日本の『グレート・ギャツビー』=『坊っちゃん』」? 『坊っちゃん』のほうが先に書かれてるけど(笑)。
――坊っちゃんはギャツビーほどの金持ちではないしな。
金井: ギャツビーは悪いところで金を得たりとか悪知恵があるね。
――ギャツビーは坊っちゃんになれなかった赤シャツ?
※ちなみに『グレート・ギャツビー』に出てくる大金持ち、ジェイ・ギャツビーもカラフルなシャツを大量に持っている。
金井: 複雑だ(笑)。しかし漱石がこのあと『こころ』とか人間の内面を書く方向に行ったのは面白いよね。『坊っちゃん』そういう意味で過渡期の作品というか、これを経て作品性が変わっていったわけで。
――そうだね。しかし読めてよかったな。想像してたより語り口が面白い小説だった。
平田提
Dai Hirata
株式会社TOGL代表取締役社長。Web編集者・ライター。秋田県生まれ、兵庫県在住。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーション等数社でマーケティング・Webディレクション・編集に携わり、オウンドメディアの立ち上げ・改善やSEO戦略、インタビュー・執筆を経験。2021年に株式会社TOGLを設立。
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