『三体』(SF小説)を4人で読んだ感想。文革からファーストコンタクトまで…最後のセリフがかっこよすぎた
2020/10/16 10:31
ライター:平田提
ブックフォービギナーズ 読書 SF 中国 外国文学2020/10/16 10:31
ライター:平田提
ブックフォービギナーズ 読書 SF 中国 外国文学劉慈欣(リウ・ツーシン/りゅう・じきん)の『三体』は中国のSF小説。2006年から連載で発表され、2008年に単行本として刊行。三部作全体で2100万部以上の大ヒットとなっています。2014年に中国系アメリカ人SF作家ケン・リュウにより英語版が翻訳されると、当時のバラク・オバマ大統領が愛読するなど話題に。2015年、SFの権威ある文学賞「ヒューゴー賞」をアジア人初受賞。Netflixでの英語版オリジナルドラマシリーズ制作が決定しています。 いつも私たちは1カ月で1冊の本を2人で読む読書会をやって、podcastや記事で公開しています。今回は『三体』の日本語訳を4人で読んで語ってみました。
金井宏之くん
平田の学生時代の友人。好きなSFは星新一『ゆきとどいた生活』。
栗原大輔くん
平田の学生時代の友人。好きなSFはアニメ 『∀(ターンエー)ガンダム』。
荒井啓仁(けいと)くん
平田とはオタク友達。好きなSFはゲーム・アニメ『シュタインズ・ゲート』
平田提
Neverending schoolホスト。好きなSFは『星を継ぐもの』。
このエピソードはpodcast(音声)でもお聴きいただけます
タイトル: 『三体(さんたい)』
作者: 劉慈欣(リウ・ツーシン/りゅう・じきん)。1963年、山西省陽泉生まれ。発電所でエンジニアとして働きながらSF小説を執筆。
あらすじ: 葉文潔(イエ・ウェンジエ)は文化大革命で物理学者の父を惨殺され、人類に絶望。楊衛寧の手引で謎の巨大パラボラアンテナのある軍事施設で働くことになった葉文潔は地球人類の命運を左右するプロジェクトに徐々に関わっていくことになる。 数十年後、ナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ)は、突然謎の会議に招集される。世界中で優秀な科学者たちが続々と自殺しているという。「科学フロンティア」という科学者団体に汪淼は潜入をさせられるが、やがてカメラを覗いたり果ては宇宙を観測していると自分に対しての謎のカウントダウンが映し出されるようになる。 相談した科学フロンティアの申玉菲(シェン・ユーフェイ)と、警官・史強(シー・チアン)からVRゲーム「三体」をプレイすることを勧められた汪淼。「三体」は3つの太陽が互いに干渉しあう過酷な環境の異星が舞台で、汪淼は三体問題の謎に迫っていく。 やがて科学者たちの死の裏に異星文明とのファーストコンタクトがあったことが明らかになっていく。
●主人公
・汪淼(ワン・ミャオ/おう・びょう)……ナノマテリアル開発者。 ・葉文潔(イエ・ウェンジエ/よう・ぶんけつ)……天体物理学者。葉哲泰の娘。
●葉一家
・葉哲泰(イエ・ジョータイ/よう・てつたい)……理論物理学者、大学教授。冒頭の文化大革命で惨殺させられる。
・紹琳(シャオ・リン/しょう・りん)……物理学者、葉哲泰の妻。
・葉文雪(イエ・ウェンシュエ/よう・ぶんせつ)……葉哲泰の娘。葉文潔の妹。近衛兵。
●紅岸(こうがん)基地
・雷志成(レイ・ジーチョン/らい・しせい)……紅岸基地の政治委員。
・楊衛寧(ヤン・ウェイニン/よう・えいねい)……紅岸基地の最高技術責任者。葉文潔とのちに結婚。葉哲泰の教え子。
●現代編
・史強(シー・チアン/し・きょう)……警察官、作戦指令センター所属。通称・大史(ダーシー)。※「ダー」は「アニキ」みたいな意味。
・丁儀(ディン・イー/ちょう・ぎ)……理論物理学者、楊冬の恋人。
・楊冬(ヤン・ドン/よう・とう)……宇宙論研究者。葉文潔と楊衛寧の娘。
・常偉思(チャン・ウェイスー/じょう・いし)……作戦指令センターの陸軍少将。
・申玉菲(シェン・ユーフェイ/しん・ぎょくひ)……中国系日本人の物理学者、科学フロンティア会員。
・魏成(ウェイ・チョン/ぎ・せい)……申玉菲の夫。天才数学者。引きこもり。三体問題の謎に迫る。
・瀋寒(ファン・ハン/はん・かん)……科学フロンティア会員で生物学者。申玉菲と魏成の友人。
・沙瑞山(シャー・ルイシャン/しゃ・ずいさん)……天文学者、葉文潔の教え子。
・マイク・エヴァンズ……多国籍石油企業CEOの御曹司。環境問題に自費を投じて取り組む。
・スタントン大佐……アメリカ海兵隊所属、特殊作戦の専門家。
――今回は劉慈欣さんの『三体』を4人で読んでみました。まずは読んでみての感想を聞いていきたいんですけど、栗原くんどうだった?
栗原:栗原です。出版社で働いてます。まず中国人の登場人物の名前を覚えるのに苦労したね。あとSFのサイエンスの部分はとっつきにくいというか、分からないことも多かった。11次元ってなんだ?みたいな。でも文化大革命とか史実から始まったり、話の筋自体はサイエンスが分からなくても分かるので面白かった。
※文化大革命1965年頃?1977年頃まで続いた中国国内での権力闘争。これ以前政策に失敗し失脚した毛沢東が、当時の国家主席・劉少奇らを資本主義の復活を図る修正主義者と批判し、若者を煽って革命運動を呼びかけた。若い世代は「紅衛兵(こうえいへい)」と呼ばれ、党幹部や知識人を批判、追放。劉少奇や鄧小平らはその座を追われた。1971年、毛沢東の後継者と見られた林彪が失脚、周恩来や毛沢東が死亡すると、華国鋒首相が文化大革命推進派を逮捕し、文化大革命は終わりを告げた。その後政権に復帰した鄧小平のもとで中国の改革・開放政策が進み発展が始まる。
栗原:ハリウッド映画だとだいたい地球外文明って敵のことが多いよね。それに対してアメリカも中国も1つになって人類で地球を守ろうってなる展開。でも『三体』は人類がどう戦うかというより、宇宙人に遭遇してしまった地球文明が内部で分断して、地球内部のイデオロギー対立の問題になっていくのが面白い。三体という地球外文明の存在を知って活動する三体協会は「人類は悪で滅びるべきだ」って考える降臨派と、「人類は自浄作用が働かないから外部からの介入が必要だ」っていう救済派と、「人類はとにかく生き延びるべきだ」っていう生存派の3つの勢力に分かれる。人類の命運は、宇宙人との戦いというより、人類の中の問題解決にかかってるんだよね。
――確かに結局人間が怖いんだよね。次は金井くんどうだったかな。
金井:金井です。一言でいうと「うっかり読み始めちゃったな」という。第1巻に全精力を注いでみたら、まだまだ第2巻、第3巻と続きがあるっていうね(笑)。葉文潔(イエ・ウェンジエ)が主人公で進んでいく話かと思えば、それはまだまだ前フリの前フリだからね。どんどんキャラがいろいろ出てきて、いい具合に使われて入るけどあっけなく死んだりして。 その中で生き残っていくキャラが魅力的。汪淼(ワン・ミャオ)とか史強(シー・チアン)とかね。
――キャラは立ちまくってるよね。けいとくんはどうだったかな?
けいと:けいとといいます。一言でいうと、「クッソ面白かった」ですね。科学に明るくなくてもすんなり読めるのがすごい。最後の解き明かしは気持ちよかったし。文化大革命、実際の歴史があって現代があるから現実感がある。地球外から神様みたいに三体文明がくるじゃないですか。こちらの常識が通じない奴等なんじゃないかと思いきや、そうでもなかったり。早く続きが読みたくてしようがないですね。
――続きは気になるね。僕もみんなと同じく面白かったんだけど、好きなSFとして挙げたに通ずる展開があったのが良かった。『星を継ぐもの』は、現代に近い未来の時代に、赤い宇宙服を来た5万年前の人間の遺体が月面で見つかるところから始まる。別の異星文明の遺跡が他の惑星の衛星で見つかったりして、科学者たちが論を重ねていく。すると最後に飛び道具みたいな大胆な理論で5遺体の説明がつくようになる。そういう学者同士が推論を重ねて物語が展開していくところは『三体』に引き継がれているなと思った。 とりあえず総じて言うと「面白かった」だね(笑)。
――ここからは物語の流れに沿って、1部~3部まで詳しく見ていきます。まず第1部「沈黙の春」。『沈黙の春』は農薬による被害、環境問題や公害を訴える先駆けのような、レイチェル・カーソンの本ですね。『三体』の作中にもこの本が出てきて、キーアイテムになる。 第1部の話としては、文化大革命で葉文潔(イエ・ウェンジエ)がお父さんを惨殺されて、紅岸基地という謎のパラボラアンテナのある軍事施設に来るわけですが……栗原くん、どうでした?
栗原:第1部は全体の中でも好きだったな。葉文潔の「人類は滅びるべきだ」とか「外部からの介入がないと助からない」という結論にどう至ったかがこの第1部で語られている。この第1部を後から作者は書き加えて、一番前に持ってきたんだよね。検閲とかの関係で、最初は第2部から書いてたって。
――中国版と英語版で順番が違うんだよね。
栗原:そうそう。英語版のときに第1部を前に持ってきたと。そういう意味でここが重要なんだろうし、自分としても読んでいて面白かったな。
――葉文潔のお父さんが紅衛隊の若者に罰せられるのは、相対性理論など西洋主義的だと断ぜられる研究を父がやっていたからだよね。奥さんが糾弾したり、葉文潔の妹も紅衛隊に参加してたり……ゲバゲバだよね。
栗原:ゲバゲバ。紅衛隊の人たちはめちゃくちゃだもんね。「マルクス主義が科学実験を導くのだ!」みたいな。強いイデオロギーがどれだけ悪かっていうのをここで描き切ろうとしたんだろうな。
――では金井くんはどうでした?
金井:1巻で一番面白かったのはこの第1部だったね。文化大革命という史実に基づいた事件から始まっていて、ここの描写がノンフィクションなのかフィクションなのか分からないぐらい、情景がありありと浮かぶんだよね。葉文潔の人間的な葛藤とかがよく描かれている。葉文潔は人間憎悪によって、こらから何かをしでかすんだろうなっていう期待感が湧く。第1部にも良いキャラがどんどん出てくるけどすぐに退場するよね。例えば記者の白沐霖(バイ・ムーリン)。キーパーソンかと思ったら簡単に裏切って退場するでしょ。細かいエピソードを積み上げていて、2部・3部への前フリとしては完璧だと思う。さらに物理学の研究の行く末や、人間がどうなるかの伏線も仕込んであるし。
――記者の白沐霖が『沈黙の春』を持っていて、葉文潔は切心からこの本を預かって作業していたんだけど、西側の本を持っているってことで思想犯としてその後も待遇がひどくなってしまう。図らずも白沐霖は歴史を動かすキーパーソンになっているんだよね。
金井:そうそう。その後三行ぐらいでこの人の人生が要約されていた(笑)。葉文潔は心を閉ざしていたのにこの人に心を開いてて、何なら恋心っぽいものまで抱いていたのに、あっけなく裏切られているっていうね。短いエピソードだけど詰め込まれてる。
――けいとはどうだった?
けいと:最初は読んでいて辛かったですね。葉文潔に感情移入しているから……。父親は妻に告発されるし、葉文潔は何度も裏切られるし。
――葉文潔の父親、葉哲泰(イエ・ジョータイ)はバツ印のついた看板をつけられて、腕を後ろに縛り上げられる。この処刑ポーズは「ジェットポーズ」と呼ばれていて、文化大革命のときに実際にあったらしい。 紅岸基地でどんな研究が行われていたのかが気になるし、葉文潔が主人公なのかと思いきや、第2部からは汪淼(ワン・ミャオ)にバトンタッチしていきます。
――では第2部『三体』の話をしましょう。ナノマテリアル研究者、汪淼(ワン・ミャオ)は謎の会議に招集されて、科学フロンティアという組織に入り込んで調査することを依頼される。ここでたぶんみんな大好きなキャラ、史強(シー・チアン)が登場。最初はがさつな刑事かと思ったら、けっこう気の利く良いアニキで。彼の口から、どうやら物理学者が狙われている陰謀があるらしいと語られていく。そして汪淼がプレイするVRゲームの『三体』の描写がされます。『三体』の世界には太陽が3つあって、人が暮らせない「乱期」と安定した「恒紀」が繰り返される。この問題を解くことをプレイヤーは要求される。汪淼(ワン・ミャオ)はその中で現実でもヤバい事件に巻き込まれていく。栗ちゃんはどうでした?
※三体問題……質量が同じかほぼ同程度の三つの物体が互いの引力を受けながらどう運動するかという物理学の命題。オイラー、ラグランジュ以降それぞれが特殊解を見つけてきた。フィンランドのカール・F・スンドマンによって一般解が存在することが証明された。
栗原:第2部はおぼろげな記憶(笑)。起承転結の「起」なんだけど、重い。「三体」ゲームはゲームというか、テストだよね。科学フロンティアに合うかどうかの。
――確かに三体問題の説明とか難しい部分も多いよね。金井くんはどうですか?
金井:2部はつなぎとして最高だなと思った。ゲームの場面、紅岸基地、現在の場面もあるし、それがうまく次のつなぎにしていて、ぱぱぱっと読めた。結構いろんなつながりが面白かった。印象的なエピソードは「ゴーストカウントダウン」だね。これが止まった時にどうなるんだろうっていうのと、汪淼(ワン・ミャオ)の慌てっぷりも面白いし。 史強(シー・チアン)と汪淼(ワン・ミャオ)の関係性がすごく変わるじゃん。
――史強=大史(ダーシー、“シーアニキ”)ね。
金井:最初敵対してたのに、汪淼はダーシーを頼もしく思っていく。『三体』のゲームはギャグっぽくも見えた。汪淼が『三体』をプレイし始めたときにやたら印象に残る、黒ずくめの男がいるんだよね。ピラミッドの中で紂王のそばに立つ伏義(ふっき、「義」は下の左側が「考」のような漢字。中国の神話「三皇五帝」に出てくる「三皇」の一人)という男。でも出てすぐにだし汁を飲んで釜に入って煮られる。
――強キャラ感あったのに(笑)。
金井:どこかナンセンスなんだよね。それが面白かった。あとは魏成(ウェイ・チョン)っていう引きこもりの数学者。すごくキーパーソンになりそうな雰囲気を出してた。三体問題には解がないって見限って三体文明は地球を侵略しに来るんだけど、魏成が解決したら三体の侵略の意味がなくなってしまうわけだし、どうなるのかハラハラした。 三体ゲームをうまく使いながら三体文明が移住を決断するまでの経緯が読者が分かっていくのでワクワクする展開だったね。
――申玉菲(シェン・ユーフェイ)が科学フロンティア会員で、汪淼が相談しに行ったとき、彼女はVRスーツを着てゲームをしてる。クールな美人が無表情でプレイしてる感じがシュールなんだよね(笑)。
金井:そうそう。
――ゴーストカウントダウンっていうのはいわば『リング』の貞子の呪いみたいなやつだよね。汪淼だけに見える数字の点滅。「ナノマテリアル研究をやめろ」っていう脅し。カメラを覗いたり、写真を感光したり、宇宙全体が自分だけに明滅してモールス信号で伝えてきたり。怖いけど、面白い。
――みんなはVRゲームの中身はどんな印象だった?
栗原:しんどかったね。乱期になったら人間が「脱水」する設定とか。なんでそういう仕組みにしたんだろうとか考え始めるとよく分からなくなっちゃったね。 あとニュートン、ガリレオ、フォン・ノイマンとかいろんな歴代の科学者がそれぞれの研究領域を引っ張ったような感じでゲームに登場するけど、どこまでが本当でどこまで嘘なんだって。そこの境目を考えるのが難しかった。
――偉人が出てきたのは面白かった。ネタも多かったよね。
けいと:『三体』、ゲームとしてクソゲーすぎるだろって思ってました。
金井:本当にそうだと思う。
けいと:読んでいて思ったのは、これゲーマー向けのゲームじゃないんだなと。広告がやたら多いクソゲー感というか(笑)。科学に詳しい人しか続かないように、ふるいにかけてるのかな?と。
――実際そういう目的だったから、推理は当たってるよね。
けいと:それをあえてクソゲーにしてるのが面白かったです。
――ゲーム『三体』の中では乱紀と恒紀を繰り返していく。それがテンプレの展開なんだよね。偉人と汪淼(ワン・ミャオ)のキャラが遭遇して、謎を解こうとするけど予想が外れて乱紀になって、文明が滅びてしまう。
けいと:滅び方、死に方がとにかく派手。
――これがでも伏線。実際に三体世界は文明の消失と復活を繰り返してきていて、もう三体問題は解けないから、自分たちの星から離れて地球を侵略に来ます、という。
栗原:このゲームは誰がつくったんだろうね? そこが気になった。
――そこは明らかになってないよね。
けいと:地球側の協会の誰かがつくったのかなとは思うけど……。
――めちゃくちゃクオリティ高いって書いてあるもんね。
けいと:無駄にクオリティが高いクソゲー。
栗原:このゲームなんでクリアできたのか分からないまま終わっちゃうもんね。
けいと:いきなりクリアになって運営から連絡が来るっていう(笑)。なかなかないですよね。スカウト。
――「オフ会に参加してください」で終わるゲームってなかなかないよね(笑)。
けいと:個人情報とは何なのか。
――汪淼(ワン・ミャオ)と葉文潔(イエ・ウェンジエ)が数十年後に会うシーンはあるけど、紅岸基地で何をしたかは分かってないよね、第2部では。
金井:第2部は匂わせてるだけなんだよね。紅岸基地が異星人とのコンタクトをしてるんだけど、できなかったようなという。
――近所の子たちを孫のようにかわいがって料理をつくってあげている良いおばあちゃん……っていう葉文潔が描かれて、「丸くなったのかな」と思うんだけど。
金井:3部を開いたらとんでもないことに。
けいと:現役バリバリでしたね。「地球許さん!」感情、全然衰えてなかった。
――2部で出てくる「射撃手と農場主」の問題。科学フロンティアの科学者たちがよく仮説にして出すという、あのたとえが怖かったなあ。
金井:「シューター」と「ファーマー」だよね。
“射撃手仮説とはこうだ。あるずば抜けた腕をもつ射撃手が、的に十センチ間隔で穴を空ける。この的の表面には、二次元生物が住んでいる。二次元生物のある科学者が、みずからの 宇宙を観察した結果、ひとつの法則を発見する。すなわち、“宇宙は十センチごとにかならず穴が空いている”。射撃手の一時的な気まぐれを、彼らは宇宙の不変の法則だと考えたわけだ。 他方、農場主仮説は、ホラーっぽい色合いだ。ある農場に七面鳥の群れがいて、農場主は毎朝十一時に七面鳥に給餌する。七面鳥のある科学者が、この現象を一年近く観察しつづけたところ、一度の例外も見つからなかった。そこで七面鳥の科学者は、宇宙の法則を発見したと確信する。すなわち“この宇宙では、毎朝、午前十一時に、食べものが出現する”。科学者はクリスマスの朝、この法則を七面鳥の世界に発表したが、その日の午前十一時、食べものは現れず、農場主がすべての七面鳥を捕まえて殺してしまった(劉慈欣『三体』早川書房/81ページ)”
――僕らが観測している物理学の法則や現象も、それをコントロールしている存在がいて、その人が何かいじっちゃったら、全部前提が変わっちゃうんじゃないですかっていう問題提起。これが3部の伏線になってるんだよね。ゾクゾクする。
けいと:ここいいですよね。科学者の絶望具合がよく伝わりましたね。物理学の基礎、すべての柱にある部分が崩れて、発狂しかけたり自殺に向かったりする。
――栗ちゃんはここら辺どうでした?
栗原:汪淼と丁儀(ディン・イー)の、ビリヤードしながらの会話が好きだな。結局、物理法則っていうのはこの世の中に存在しないんじゃないかって。物理って時間・場所が変わっても物理法則が変わらないのが大原則なのに、高エネルギー粒子の加速器を使って実験すると同じ条件でやっても違う結果が出てしまった、と。一般的な物理法則が存在しなくなったときに混沌、絶望する。ここのやりとりのどこまでが真実なのか分からないところはあるけど、この混沌が物語を進めていくんだろうね。科学者や誰かが頼る正義がなくなったときに物語が始まる。
――ではいよいよ第3部『人類の落日』です。ようやく紅岸基地で葉文潔(イエ・ウェンジエ)がやっていた実験が明らかになります。太陽を中継点にしたらメッセージを全宇宙に送れることが分かって、葉文潔のメッセージを三体文明が実際に受け取る。それに対し三体の平和主義者が「このメッセージに返答するな! 地球の場所が分かってしまう」と返すんだけど、葉文潔は「来て! 私たちの文明は自力では浄化できない」と返事する。そこから三体文明による地球侵略が段取りされていって、地球のみんなでどう止めようかという話に。 金井くん、改めて第3部はどうだった?
金井:第3部はいろいろ事実が明らかになってきて、どんなクライマックスを迎えるのかと思ったら、まだ2巻、3巻あるのかって驚いた……けどよく考えられてるよね。地球三体協会に派閥があったり、地球人が葛藤している感じは面白かった。でも3部で一番面白かったのは、ナノマテリアルの技術を使った「古筝(こそう)作戦」だね。
※古筝……琴に似た伝統楽器、筝の原型にあたるもの。『三体』作中ではパナマ運河を渡るマイク・エヴァンズたちが乗った地球三体協会の一部メンバーの船を足止め・破壊するため、目視では分からない細さのナノマテリアル製のワイヤー「飛刃(フライングブレード)」を張り巡らせた。
金井:船をスライスするっていう、その描写がすごい。SFならではの面白さ。そこで大史(ダーシー)が「作戦決行時は夜じゃないよな? 夜だと人が寝ちゃうからそのワイヤーの幅だと切断できないかもしれない」とか、緊迫感がある場面なのにギャグが入るところが面白い。 あと葉文潔(イエ・ウェンジエ)はここでも葛藤してるんだよね。子供を産んでから田舎の人たちと交流している過去が描かれて、てっきり人間憎悪が和らぐのかなと思いきや、そうでもないんだよね。自分の父を殺した紅衛兵を葉文潔は集めて懺悔を求めるシーンがあったけど、昔は4人いたのに一人いなくなってたり、腕がなくなっている人がいたり、立場が違えど人類全体で見ると愚かなことをしてるんだという気持ちが確立してしまう。それから富豪で過激な環境保護主義者のマイク・エヴァンズと出会って三体協会が生まれていく。降臨派、救済派、生存派はこれからどうなっていくのか、三体文明は本当に来るのか、450年も先だし。虫けら魂前回の大史(ダーシー)が今後どう活躍するのかも気になる。 あと二つの陽子を送ったことで地球が壊滅的になっていくでしょ? あそこがついていけなかった。
――智子(ソフォン)だよね。あの描写はすごく難しかった。1つの目的は栗ちゃんが言っていた、加速器の観測を間違った結果にするのと、2つ目は高性能の陽子サイズのコンピュータなんだよね。知性を持っている。
金井:しかも11次元ぐらいある。
――実は智子が地球全体を包み込んでいて、監視している。汪淼(ワン・ミャオ)のゴーストカウントダウンの描写で、宇宙がまたたいて見えたのも、これのせいだった。これらがどんなヤバいものになっていくのかは分からない。
金井:2巻以降は、どうやって智子を破るかが焦点になるんだろうね。
――三体人が智子を送った目的も、物理現象の観測を誤った結果にさせて、三体文明の艦隊が450年かけて地球にたどりつくまで、地球の科学の進歩を止めようというものだったね。けいとは第3部どうでした?
けいと:答え合わせが気持ちよすぎましたね。物理学の絶望を三体人が引き出すのがうますぎました。えげつない。三体協会の人たちは、三体人を地球を救ってくれると神みたいに思ってるけど、「返信するな!」ってメッセージを送った三体人も人間とあまり変わらないんですよね。三体人も環境が違うだけで同じような感情持った人たち。あとは大史(ダーシー)がかっこよすぎた。450年後も大史(ダーシー)はアンドロイドとして生きていてほしいですね。メカ大史(ダーシー)でいいからいてほしい(笑)。
――ダーシーだよね、やっぱり。栗ちゃんはどうだった?
栗原:3部も面白かったね。三体文明がゲームだけじゃなく実際に存在するものとして登場してきて、地球でもそれぞれの人たちの思惑の違いも出てくる。人類って滅びるしかないのかなっていうところで、大史(ダーシー)の最後の一言がクライマックスというか、人類が生きる道もあるんだっていう。そこで終わってるのがハードボイルドで良い。これが言いたかったんじゃないかと。
“地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。すなわち、虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな(劉慈欣『三体』早川書房/430ページ)”
けいと:かっこいい! 大史(ダーシー)大好き。この本は大史(ダーシー)のためにあるといっても過言ではないですよね。
――分かる(笑)。全部持っていくよね。
金井:絶対良いところにいるもんね。
けいと:汪淼(ワン・ミャオ)がヒロインで、大史(ダーシー)が王子様ですよ。汪淼(ワン・ミャオ)がパニクってたら酒飲み行くぞつって助言与えてくれたり。
――絶望に向かうこの作品の最後に希望をもたらしたのは大史(ダーシー)だもんね。
金井:虫けらと三体人に言われて、まさか虫を見に行くとはね。
――虫一匹一匹は殺せても、蝗害に人類は勝てない。これを持ってくるキャラはずるい。
金井:イナゴの大群を出すセンスもすごい。
――やっぱり『三体』は大史(ダーシー)の小説じゃないか……。 実際、地球の太陽系と一番近い、4光年離れたケンタウルス座のα星系は3つの恒星があって、三体はそこにいるらしいんだけど、科学ニュースを見てると地球外生命の可能性を報じられるとワクワクするけど、太陽が3つあったら太陽が1つの僕らと全然価値観が違うんじゃないのっていうのは確かにそうだなって読んでいて思った。 あとフィクションにおける敵の目的のトレンドが公共的なものになっているなと思った。『進撃の巨人』とか『アベンジャーズ/エンドゲーム』とか、敵の目的が「子供を産ませない」「生命を半分にする」みたいなものになっている。そして生命の減らし方が「操作」とか魔法になっているところも。そこは『三体』にも共通している感じがした。地球外文明に計画的に滅ぼさせるみたいな。
けいと:最近はそれなりの大義を持った敵を描くのが強くなっていますよね。『ジョジョの奇妙な冒険』とかでも、最近になるごとにその傾向が強い気がします。
――いろいろ話してきましたがどうですか。
けいと:とにかく早く続きが読みたいですね。
金井:第1巻の最後のエピソードは、葉文潔(イエ・ウェンジエ)が紅岸基地の跡地に行って、最後に太陽が沈んでいくシーン。葉文潔の今後がどうなるのかが楽しみ。
栗原:虫けらとしての人類の戦いがどうなるかって感じなんだけど、時間軸が気になるんだよね。三体文明の艦隊が地球に来るのは450年後だからね、主人公も総入れ替えになるのか。大史(ダーシー)がいなくなってしまうのか。
――ダーシーは俺らの心の支えだからね。
けいと:ロボダーシーかダーシーヘッド(頭)で登場してほしい(笑)。
栗原:これでキャラが総入れ替えになったら、未来の話になるんだよね。そこをどういう世界観で描いていくのかは気になる。
――現実から地つなぎの設定だったのが、450年後になると想像の世界が大きいもんね。
けいと:できれば現代で決着つけてほしいですよね。
栗原:そうなんだよね。
金井:450年先は行かない気もするんだけどね。
けいと:行っちゃうと普通の作品ですもんね。あとはやっぱり大史(ダーシー)に活躍してほしい(笑)。
――最後大史(ダーシー)が鉄拳制裁して終わる。
金井:黒幕に。
けいと:「コノヤロー!」って。
――それはぜひ見てみたい(笑)。
平田提
Dai Hirata
株式会社TOGL代表取締役社長。Web編集者・ライター。秋田県生まれ、兵庫県在住。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーション等数社でマーケティング・Webディレクション・編集に携わり、オウンドメディアの立ち上げ・改善やSEO戦略、インタビュー・執筆を経験。2021年に株式会社TOGLを設立。
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