プロジェクト型学習だけの学校ハイ・テック・ハイとは。『「探究」する学びをつくる』『Most likely to succeed』より

2020/12/31 15:54

ライター:平田提

教育 映画
プロジェクト型学習だけの学校ハイ・テック・ハイとは。『「探究」する学びをつくる』『Most likely to succeed』より

『「探究」する学びをつくる』(藤原さと/平凡社)は、「ハイ・テック・ハイ」というアメリカの学校を例にプロジェクト型学習について書かれた本です。

著者の藤原さとさんは日本政策金融公庫、ソニーなどでの仕事を経て子育てをする中で「探求する学び」に興味を抱き、一般社団法人「こたえのない学校」をつくりました。現在はプロジェクト型教育を学校に導入するプログラムの提供などをされているそうです。ハイ・テック・ハイに取材した映画『Most likely to succeed』と合わせて、この学校の教育について書いてみます。

プロジェクト型学習とは?探究する学び

プロジェクト型学習はプロジェクト・ベースド・ラーニング(Project Based Learning)の頭文字をとって「PBL」とも呼ばれる学習法。ルソー、フレーベル、モンテッソーリなどの子供の教育理論を経て、アメリカのジョン・デューイが「探求」をベースにした学習法を考案します。多くの場合、教師がファシリテーターとなってテーマを提示し、その中で子供たちが自分たちなりの定義・課題を設定。一定期間内に子供自身が調べ、考え、そしてつくることを通して学び、期間の最後に作品の展示や学んだことの内容を発表するものです。

MIT(マサチューセッツ工科大学)の教授で、子供向けのプログラミングツール「Scratch」を開発したミッチェル・レズニックも 『ライフロング・キンダーガーテン』(日経BP)の中で、プロジェクト型学習の重要性を指摘していました。教師が上、複数の生徒が下に位置してブロードキャスト(種まき)的に1つの答えのある同じ内容を教えるのではなく、子供自身が課題を見つけ、自ら学び、答えがないかもしれない答えをつかみとりに行く。その過程で必要な義務教育の知識も学んでいく。そして期限や発表するという縛りがあるのでそこに向かって、ときに他の子供たちの意見を聞きながら修正していく。こういったプロジェクト型の学びはいま日本も含めて教育の現場に取り入られています。

プロジェクト型学習だけの学校、米ハイ・テック・ハイとは

『探究する学びをつくる』で紹介されている「ハイ・テック・ハイ」は、2000年に設立された公立のチャータースクールで、郵便番号による抽選があるものの入学者は無料で学べる学校。当初は高校のみでしたが、いまは小学校から一貫した教育を行っているようです。もともと『Most likely to succeed』というハイ・テック・ハイを取材したドキュメンタリー映画がサンダンス映画で評判になり、日本でも反響がありました。

映画『Most likely to succeed』の監督テッド・ディンタースミスは、無料のオンライン教育サービス「カーン・アカデミー」のサルマン・カーンなどにインタビューの末、サンディエゴにあるプロジェクト型の学校ハイ・テック・ハイへの取材を勧められます。ハイ・テック・ハイは貧困層、発達障害の子も無料で入学でき、教科書や試験はありません。授業内容やコントロールは教師に一任し、プロジェクト型学習が中心になっています。人文・理系・専科の3人の先生一体でプロジェクトを毎年考えるようになっています。 一方で大学進学率も高く、人気の高校になっています。ハイ・テック・ハイの理念は「公正」で、それは差別をせず、誰もが価値ある人間だと感じられること。認知能力と非認知能力両方を鍛えることを目指しており、暗記も否定しません。

もともとブロードキャスト型の教育というのは統制するための軍隊の考えに近く、決められたことをきちんとやる、工場の一員になるような人を育てる教育でした。この傾向は明治期以降、日本の教育にも色濃く残っており、創造的な人間を育てる教育を多くの人が望みながらも社会全体での実現は難しい状態なのではないででしょうか(山口周氏『ビジネスの未来』では、この原因は、教育の「出口」にある就職、新卒一括採用、学歴重視のシステムにあるのではと指摘しています)。

ハイ・テック・ハイが生まれた経緯も、実は就職が出口にはなっていました。というのもサンディエゴにあるクアルコムという半導体企業ではエンジニア不足が深刻で、他の施策がうまく行かず「だったら将来の人材のために高校を作ればいい」とスタートしたのがハイ・テック・ハイだったのです。校長として選ばれたのはラリー・ローゼンストックという、弁護士でありながら家具作りなど大工の技術を貧困層の子供たちに教えていた人でした。マルチポテンシャライト(複数の才能を活かす人)ですね。

ラリーは家具作りを教えた経験から、手を動かす作業をすると、子供たちの記憶の定着度がいいことに気づきました。そして何かをつくるため、課題に向き合うと、例えば家具の測量や角度の計算など数学知識など必要な知識を得ようとすることにも。『Most likely to succeed』の中では、ラリーが司法試験の勉強の際に学んだことをカラフルな図でまとめた勉強法が紹介されていますが、ラリー自身も実践者だったようです。

ハイ・テック・ハイではロン・バーガーという人物の「自分のすることを誇りに思い、自身や他人を尊重し、力強く正確で美しい学習活動をする生徒たちで一杯になってほしい」という思いが学習法に活かされています。子供たちはプロジェクトの中で「意味があり」「美しい」成果物をつくることを求められます。発表成果物は制作物、出版物で保護者や街の人たちに一般公開するところまでやります。

映画の中でも述べられていましたが、知識はもはやネットでも無料で得られる時代。これからの社会では気候変動や社会問題、AIの台頭などでより創造的な仕事が必要とされます。もともとはエンジニアの就職という出口がありながら、ハイ・テック・ハイは創造性のある子供を育てる学校になっていました。

ハイ・テック・ハイで実践するプロジェクト型学習とは

『Most likely to succeed』で例に出されていたのは、「文明」と「トーガナイト(古代ギリシア的な仮想劇)」。「なぜ文明が起こり、衰退するのか」をテーマに出した教室では、子供たちがまず意見を出します。そしてそれを図におこし、レーザーカッターで木を切り取った歯車で構成した、動く機械の作品として発表します。「トーガナイト」の教室では哲学対話(ソクラテスセミナー)を通して子供たちに宗教や差別などの現代にもある問題を考えさせ、それを劇として発表させます。

映画の中では細部にこだわるあまり発表会当日に間に合わなかった子供たちも紹介されていました。発表会後には、ダメ出しではなく、なぜ実現できなかったのかを子供たち自身に考えさせていました。その上で、先生たちが実現できなかった子供たちの良さも肯定していたのが印象的でした。他の子供たちから得る批評をハイ・テック・ハイでは重視しており、それにより建設的にプロジェクトを修正していくことが求められます。

ハイ・テック・ハイではテストで成績が決まらない

ハイ・テック・ハイでもテストはありますが、それで成績をつけることはありません。テストをやった後に生徒同士で教えさせたり、どこを改善できるかを話し合わせたりします。生徒が納得いくまでテストが受けられそう。 発表会には地域の企業が協賛し、保護者もボランティアで参加してみんなで盛り上げていきます。『探究する学びをつくる』では哲学者ハンナ・アーレントの「地方自治の取り組みに公的幸福がある」という言葉が引用されていましたが、ローカル全体での教育は重要なのだなと思いました。コロナ禍で日本の先生たちも疲弊し、悩んでいます。手段が変わっても大切にしたいものを変えなければいいと、ハイ・テック・ハイでは全ての家庭にコンピュータを、低所得者の家にはランチを配給したそうです。オンラインだからとコンテンツを増やすのではなく、自分たちが家庭で学んだことやこれからの学習計画をシェアするように社会的・情動的サポートをより強くしていました。

プロジェクト型学習が学歴社会のカウンターになればいい

ハイ・テック・ハイでは先生たちは基本的に1年契約で、賃金も平均と比べてそこまで高くないそうです。そして自分の専門外の勉強も常に求められます。それでもこの学校での教職が人気なのは、子供たちが如実に変わる姿と、自分たち自身も学べることが魅力のようでした。

一方で、『Most likely to succeed』の中ではハイ・テック・ハイの教育方針が自分たち世代が受けた教育と、または他の学校とあまりに違うので戸惑う親の姿も描かれています。「テストで良い点をとっていい会社に入りたい」と正直に話す子供たちもいました。その動揺も当然だろうと思いました。

ただハイ・テック・ハイの関係者がいうことも一理あると思っていて、それは「仕事をしていてテストと同じ状況にあったことがあるでしょうか?」というもの。社会に出てからする仕事の多くは課題解決で、それはプロジェクト型学習に近いものです。校長のラリーがいうように、自分が調べたこと、つくったもので得た知識が血肉になるというのはよく理解できます。ハイ・テック・ハイの子供たちは、批評の受け止め方や仲間との調整、自分の得意なこと、好きなことを分かっていきます。いわば子供たちは仕事の予行演習をしているのではとも私は感じました。この経験と能力があれば、どこでもやっていける自信がつくのかもしれない。実際、ハイ・テック・ハイの先生たちは生徒たち自身に都度決めさせることを大切にしていました。この教育環境をいきなりすべての学校で取り入れるのは難しいかもしれません。しかし学歴社会、行き詰まったいまの現状のカウンターになるのではないかとも思いました。

ジョン・デューイの「昨日の教え方で今日教えれば、子どもの明日を奪う」という言葉が『「探求」する学びをつくる』では引用されています。 これは本当に同意で、過去の大人たちの一対一対応の答えのある教育では、これからの変化に対応できないのではないかと思います。そうではなく、学びたい・作りたいという未来が先に立つ、それに必要なことを学ぶ現在を築く学習環境をつくることが大人にできることなのではないかと思います。

『探究する学びをつくる』はプロジェクト型学習や教育の未来を考える上でとても良い本でした。また映画『Most likely to succeed』今はVimeoで有料購入できるので、ぜひ観られることをおすすめします。

Most Likely To Succeed from Innovation Playlist on Vimeo.

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平田提
Dai Hirata

株式会社TOGL代表取締役社長。Web編集者・ライター。秋田県生まれ、兵庫県在住。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーション等数社でマーケティング・Webディレクション・編集に携わり、オウンドメディアの立ち上げ・改善やSEO戦略、インタビュー・執筆を経験。2021年に株式会社TOGLを設立。

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