小説『白鯨』のあらすじ・登場人物・作者。風刺と「百科全書」的な情報量が特徴

2021/01/08 16:31

ライター:平田提

文学
小説『白鯨』のあらすじ・登場人物・作者。風刺と「百科全書」的な情報量が特徴

『白鯨』(1851)はハーマン・メルヴィル(1819~1891)による小説。エイハブ船長による白鯨モービィ・ディックへの復讐と捕鯨船の行程が描かれた『白鯨』は『嵐が丘』『リア王』と並び、英語で書かれた三大悲劇の一つともされています。鯨についてのうんちくがたくさんでとにかく読み応え十分な作品です。

小説『白鯨』の登場人物

・イシュメール

物語の語り手。商船に乗り組み働いた経験はあるが捕鯨船に乗ったことはなかったが、死にに行くような思いでピークオッド号に乗り込む。序盤以外は作中での役割はほとんどないが、語り手として船中の様子の描写や捕鯨・鯨に関する膨大な引用・知識を披露する。乗船前、宿屋で同衾することになったクイークェグと友情を結ぶ。この航海の唯一の生き残りとなる。


・エイハブ船長

捕鯨船ピークオッド号の船長。かつて巨大な白鯨「モービィ・ディック」と奮戦し、片足を食いちぎられる。それ以来、捕鯨のためというより白鯨への復讐に燃える。寡黙かと思えば苛烈に乗組員に檄を飛ばすが、相手を自分の土俵に引きずり込み惹きつけるカリスマ性もある。


・白鯨(モービィ・ディック)

エイハブ船長が狙う白く巨大な鯨。捕鯨船の船乗りの間でも有名で、たびたび銛打ちと格闘するが逃げおおせるか逆に被害を与えてきた。数々の戦いで傷つき、銛が刺さったまま。19世紀太平洋上に実在したとされる「モカ・ディック」がモデル。


・クイークェグ

スターバックの銛(もり)打ち。イシュメールとは心の友。キリスト教徒からは「人食い人種」と呼ばれる南太平洋の島の酋長の子、王子。高潔な精神の持ち主で、キリスト教世界のことを学ぶために島から出て働いている。全身に入れ墨が入っている。断食を定期的に行う。


・スターバック

ピークオッド号の一等航海士。船のナンバー2だが、エイハブに代わり実質的に全体をまとめ指揮をとる、有能な人物。冷静で信仰心が強い。家族想いで、陸に残してきた妻子のことをいつも想っている。商業的な捕鯨の成功より白鯨への復讐を優先するエイハブには懐疑的で、しばし対立する。


・スタッブ

ピークオッド号の二等航海士。ユーモアがあり陽気なムードメーカー。


・フラスク

ピークオッド号の三等航海士。屈強な男だが、がさつで血気にはやるところがある。


・タシュテゴ

スタッブの銛打ち。アメリカ、マーサズ・ヴィニヤードの先住民族の血を引き、それを誇りにしている。捕鯨の経験豊富で、銛打ちのスキルが高い。


・ダグー
フラスクの銛打ち。アフリカ黒人で巨大な体躯を持つ、優秀な人物。

・ピップ

雑用係の黒人の少年。捕鯨の最中に手伝いで入った際海に流される事故に遭い、精神的に不安定になる。それ以降はほぼ仕事に関わらず船内をうろつくのみだが、エイハブとは交流がある。


・フェダラー

拝火教(ゾロアスター教)徒で、ペルシアかインドの出身の、エイハブの銛打ち。エイハブは他のメンバーにフェダラーの存在を事前に教えていなかった。どこか超自然的な力を持っており、エイハブの悲劇的な結末を予言している。

小説『白鯨』のあらすじ

19世紀のアメリカ、イシュメールと名乗る男は財布の中身が底をつき、捕鯨船に水夫として乗り組むことを希望する。港町ナンタケット島で、南太平洋の島国の王子兼銛打ち・クイークェグと知り合ったイシュメールは捕鯨船「ピークオッド号」に乗り込もうとする。 ピークオッド号には三人の船長がおり、うちピーレグ船長・ビルダド船長は水先案内人として陸での船乗りの選別から出航までを担当していた。2人に乗船を認められたイシュメールとクイークェグ。しかし出航後しばらく、航海の船長であるエイハブは姿を見せなかった。 一等航海士スターバックのもと船は捕鯨の旅へと進む。やがて姿を見せた片脚の船長エイハブは、脚を奪った白鯨「モービィ・ディック」への復讐に燃えていた。 南アメリカ、大西洋、アフリカ南端、インド洋、東南アジア、日本を経てピークオッド号は進む。途中捕鯨や他の捕鯨船との交流がありつつも、エイハブの頭の中にはモービィ・ディックしかない。スターバックとエイハブは対立するが、意見は変わらない。やがてピークオッド号はついにモービィ・ディックと遭遇。激闘を繰り広げるも、白鯨により船は沈められる。運良く生き残ったのは、イシュメールただ一人だった。

小説『白鯨』は風刺と「百科全書」的な情報量が特徴

『白鯨』は捕鯨がテーマ。キリスト教文化による「虐殺」の風刺の視点も

『白鯨』が書かれた1851年は日本でいうと江戸時代。老中・水野忠邦の「天保の改革」の頃です。『白鯨』では白い巨大な鯨「モービィ・ディック」への船長エイハブによる復讐と捕鯨船の行程が描かれますが、作中に鎖国中の「ジャパン」も登場します。 欧米が鯨油などさまざまな原料のために捕鯨に駆けずり回っていた時代。ペリーが浦賀に来航し、日本に開国を迫ったのも、通商の目的とは他に捕鯨船の補給地としての役割を求めていたからともされています。それだけ捕鯨は国を挙げた一大事業でした。

メルヴィル自身が捕鯨船に乗り込んだ体験が元になっています。ある意味でいうと、『白鯨』は当時最先端の仕事のルポルタージュでもあり、一方で黒人や異人種を下働きさせたり、キリスト教に従わない人種を差別したり、捕鯨船が投資対象として陸でのんびり暮らす人がいる一方で乗組員は生死をかけた生活をしたり……そういった問題の提起にもなっていた側面はありそうです。

イシュメールたちが乗る捕鯨船「ピークオッド号」はアメリカ・インディアンの部族名に由来しています。ピークオッドは現在のアメリカ・コネティカット川流域に居住していましたが、白人入植者との争いで全滅しました。いわば『白鯨』は捕鯨によって人や鯨、キリスト教以外の文化が虐殺されることへの風刺・皮肉になっているのかもしれません。

白鯨・イシュメール・エイハブの元ネタは旧約聖書

旧約聖書のヨブ記などに出てくる、水に棲む巨大な幻獣で悪の象徴とされる「レヴィアタン(リヴァイアサン)」は『白鯨』の中では鯨とされています。

語り手イシュメール(Ishmael)の名は旧約聖書の登場人物の名からきています。イシュメール(イシマエル)は、ヘブライ民族の始祖アブラハムの側室の子。正室に男の子が生まれイシマエルは追放されます。『白鯨』のイシュメールは同じように物語冒頭から死を意識し、放浪しています。自殺する覚悟で捕鯨船に乗ります。が、結果的に、皮肉にも唯一の生存者となります。

船長、エイハブ(Captain Ahab)の名は旧約聖書「列王記」に悪の王として語られる、アハブの英語読み。エイハブの母は狂女であったとされ、その母がエイハブの名を与えたとされています。エイハブは序盤は寡黙でなかなか姿を表さない謎の人物という印象を抱かせますが、登場後は自身の揺れ動く気分で乗組員を怒鳴りたてたり指示を送ったり、有能ながら苛烈な人であることが分かります。捕鯨の商売のため乗船をしている乗組員を、自身の白鯨への復讐に巻き込んでいく意味ではエイハブはたしかに「悪王」なのかもしれません。

・関連記事:同じく『旧約聖書』の引用が膨大になされる『新世紀エヴァンゲリオン』について

『白鯨』は鯨についてのうんちくがたくさん

小説家・島田雅彦によれば『白鯨』は「百科全書的小説」(『小説作法ABC』より)だそうで、たしかに『白鯨』は鯨についての膨大な引用やうんちくが、物語の途中で何度も出てきます(そしてそれがとにかく長い……)。 ただこれが『白鯨』という作品の特徴ともいえる部分ではないでしょうか。19世紀に書かれた、一人の作家による鯨についてのWikipediaともいうべきか、

鯨の種類 鯨の骨格や大きさ 白い鯨の白さ 鯨油をどう保存するか

こういった話題が、エイハブの復讐と捕鯨行のメインストーリーの間に差し込まれる。これは『白鯨』の読みにくさや長さに影響していますが、一方で「こんなヘンな小説は他にない」という意味で、『白鯨』を特徴づけているのです。 講談社文芸文庫版の『白鯨 モービィ・ディック』は上下巻で約1,200ページと長いのは変わりませんが、以下のような面白いセリフが出てくるので読んでいて面白いです。初めて『白鯨』を読まれる方にはおすすめです。

「親方! お巡りさん! 棺桶さん! 天使のみなさん! 助けてえーっ!」 「話スノダ! わたしに言ウノダ。チクショーめ、アナタ、ダレ? アナタを殺ス」(『白鯨 モービィ・ディック』(上)メルヴィル作・千石英世訳/ 講談社文芸文庫版/103ページ)

「おいおい、クイークェグ、それは何の真似だい?」 「じっつにかんたん、ああ、ひところすの、かんたん!」(同260ページ)

「おれの銛索だとぬかすか! オ~レ~ノ? 行ってしまったとぬかすか! イ~ツ~テ~シ~マ~ツ~タ? この単語の意味は何だ?」(『白鯨 モービィ・ディック』(下)メルヴィル作・千石英世訳/ 講談社文芸文庫版/617ページ)

podcastでは筆者たちが初めて『白鯨』を読んで受けた衝撃を語っています。ぜひこちらもどうぞよろしくお願いいたします。

podcast版(前編)

『白鯨』の作者、ハーマン・メルヴィルについて

『白鯨』の作者、ハーマン・メルヴィルについて

『白鯨』の作者ハーマン・メルヴィルは1819年8月1日、アメリカ合衆国マンハッタン・ニューヨークの裕福な商人の八人兄弟の次男として生まれました。父はスコットランド系、母はオランダ系で敬虔なカルヴィン派のキリスト教徒でした。アメリカの入植者に多かったピューリタン(清教徒)だったメルヴィル家ですが、清教徒は旧約聖書を重んじます。この影響が『白鯨』への旧約聖書の引用にも影響しているでしょう。

1812年の米英戦争による経済状況の変化に対応するため父親のアランは奮闘してきましたが事業に失敗。オルバニー市に移っていたメルヴィル家を支えるため、ハーマンは働きに出ます。1837年には金融恐慌が起きさらに厳しい状況の中、19歳のときメルヴィルは英国行きの客船のボーイとなります。21歳のときには捕鯨基地ニューベドフォードで捕鯨船に水夫として雇われ、25歳でボストンに帰るまで捕鯨船で過ごしました。そのとき南太平洋マルケサス諸島のヌクヒーヴァ島で捕鯨船を脱走、島民に客人として迎えられたといいます。この体験は処女作『タイピー』や、『白鯨』のクイークェグの描写に活かされています。

『タイピー』『オムー』などの海洋小説の出版により、当時のアメリカの知的文化を牽引していたキャサリン・マリア・セジウィックやオリバー・ウェンデル・ホームズ、ナサニエル・ホーソーンとメルヴィルは近づきます。特にホーソーンの思想はメルヴィルに強く影響を与えたといわれ、1851年の『白鯨 モービィ・ディック』の創作にもつながりました。

その後も小説を発表したメルヴィルでしたが売れ行きは芳しくなく、40代以降は筆を折り、税関の検査官として働きます。一方で詩の創作や中編『ビリー・バッド』の執筆にも取り組んでいましたが、1891年9月28日、心臓発作が原因で72歳でこの世を去ります。死後に遺されたメルヴィルの原稿は時間を経て出版され、20世紀に入りその作品の多くが評価され直していきました。

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平田提
Dai Hirata

Web編集者・ライター・マーケッター。秋田県生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーションやゲーム会社等でマーケティング、編集などに携わる。得意な分野は現代文、日本史、世界史、アニメ・漫画・ゲーム、プログラミングなど。
https://tog-gle.com/
アイコンは漫画家・つのがいさんによるもの。

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