三島由紀夫『金閣寺』のあらすじ・登場人物・テーマについて

Tue, Oct 6, 2020

ライター:平田提

文学 三島由紀夫 金閣寺
三島由紀夫『金閣寺』のあらすじ・登場人物・テーマについて

『金閣寺(きんかくじ)』は作家・三島由紀夫による小説。昭和31年(1956)に雑誌『新潮』で連載され単行本にまとめられました。京都・鹿苑寺(ろくおんじ)の舎利殿「金閣」を学僧が葛藤の末に放火するストーリーです。昭和25年(1950)7月2日、実際に起きた事件が題材になっています。三島由紀夫の代表作とも呼ばれる『金閣寺』のあらすじ・登場人物・テーマと、作者の三島由紀夫について解説します。

※舎利殿(しゃりでん)……仏舎利(ぶっしゃり、仏教の開祖・釈迦の遺骨)を納めるとされる建物のこと。

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三島由紀夫『金閣寺』のあらすじ

舞鶴の貧しい寺に生まれた主人公・溝口。住職の父親から「金閣ほど美しいものはない」と幼い頃より聞かされていました。しかし父に連れられて実際に見た金閣は、想像よりも美しくなく、幻滅します。

父が死に、その遺言どおり鹿苑寺金閣の学僧となった溝口。太平洋戦争のさなかで京都の空襲に思い至った溝口は、美の象徴で不朽の存在と思われた金閣でも、自分と同じく滅ぶ運命にあると考え、金閣に改めて美を見出します。しかし戦争は終わり、金閣が焼かれることはありませんでした。溝口にとっての金閣はだんだん呪いのようなものになっていきます。

金閣寺の老師は溝口に期待をしたように見え、仏教系の大谷大学の授業料を出してくれます。大学で知り合った友人・柏木の手引きで、溝口は女性と男女の関係になりかけますが、金閣のイメージが急に頭にもたげてきてしまい、失敗を繰り返します。柏木と遊ぶうちに大学の欠席も増えて成績は悪くなり、老師やほかの弟子からの評価は下がっていきます。

やがて柏木に借金をし、由良川方面へ無断で旅に出たあと、溝口は金閣を燃やすことを決意します。そしてある日の晩、溝口は金閣に火をつけます。最初は心中するつもりでしたが果たせず、裏の左大文字山に逃げます。そこで短刀とカルモチン(睡眠薬)を捨て、煙草で一服した溝口は「生きよう」と思うのでした。

三島由紀夫『金閣寺』の主要登場人物

・<私>(溝口)
京都・舞鶴の貧しい寺に生まれる。鹿苑寺金閣の徒弟となり、当初は後継を期待されるが徐々に評価を落とす。吃音の悩み、金閣への憧れや嫉妬などから金閣を放火する。

・有為子(ういこ)
溝口の近所に住んでいた美少女。溝口は憧れるが、拒絶される。海軍の脱走兵と恋仲になった末、憲兵に見つかった脱走兵に背後から撃たれて死亡。

・老師
鹿苑寺金閣の住職。溝口の父親とは友人で、彼を寺に引き受ける。溝口を大学に行かすなど期待をかける一方、無関心さも表す。芸妓と遊び歩く一面も。

・鶴川
東京の寺から鹿苑寺が預かっている美少年。溝口の吃音を馬鹿にせず、良き友人となるが東京に戻ったあと交通事故死。柏木によれば恋愛に悩んだ末の自殺とされる。

・柏木
生まれつき内翻足の、溝口の大学時代の友人。何人もの女性と付き合ってきている。

※内翻足(ないほんそく)……内反足。足底が内側に向いた状態のこと。

三島由紀夫『金閣寺』のテーマ「絶対的な美への嫉妬」。理想(美)に現実(肉体)が遅れるコンプレックス

三島由紀夫『金閣寺』のあらすじ

三島の『金閣寺』の創作ノートにはテーマについてこんな記述があります。

“「◎美への嫉妬/絶対的なものへの嫉妬/相対性の波にうづもれた男/「絶対性を滅ぼすこと」/「絶対の探究」のパロディー(『別冊太陽 日本のこころ175 三島由紀夫』50~51ページ/平凡社)”

昭和25年(1950)7月2日、金閣寺を放火した犯人は重度の吃音に幼い頃から苦しみ「美に対する嫉妬」「社会への復讐」を動機として供述していたそうです。 三島由紀夫『金閣寺』の主要なテーマはこの「絶対的な美への嫉妬」です。

なぜ溝口は金閣に嫉妬したのでしょうか。大きな原因の一つは溝口が抱えていた吃音(きつおん、どもり)のコンプレックスです。

溝口は何かを思いついても吃音が気になって口に出すのをためらってしまいます。その間にも目の前の現実は進んでいく。やがて溝口は言葉にせずに自分の世界に閉じこもり、誰かを呪ったり、美しい金閣を妄想したりするようになります。

有為子の拒絶とその影、性的不能

溝口は近所の美少女・有為子(ういこ)に憧れますが、吃音を馬鹿にされ、拒絶されます。溝口は有為子が死ぬように呪いますが、実際にその後有為子は死にます。有為子の存在は金閣と同様、その後も溝口の心を支配します。

唯一仲の良かった友人・鶴川と南禅寺で溝口は、自分の乳を注いだ茶を夫に飲ませる美しい女性を見て、そこに有為子の面影を見ます。大学で友人になった柏木の手引きで、溝口はその女性と男女の関係を結ぶ手前までいきますが、金閣のイメージが立ち上がり行為に及ぶことができません。

”私には美は遅く来る。人よりも遅く、人が美と官能とを同時に見出すところよりも、はるかに後から来る。みるみる乳房は全体との聯関(れんかん)を取戻し、……肉を乗り超え、……不感のしかし不朽の物質になり、永遠につながるものになった。 私の言おうとしていることを察してもらいたい。又そこに金閣が出現した。というよりは、乳房が金閣に変貌したのである。(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫193~194ページ ※()内は筆者。)”

『金閣寺』主人公は肉体による行為で金閣に先んじないと前に進めなかった

『金閣寺』主人公は肉体による行為で金閣に先んじないと前に進めなかった

溝口の金閣への憧れは憎しみが混じったものに変わっていきます。鶴川少年の死や柏木や女性たちとの関係の変化、老師の自分への無関心さなども影響し、自分には乗り越えられない絶対的な美=金閣を燃やすことが溝口の悲願になります。

「世界を変えるのは認識だ」と唱える友人・柏木に対し、溝口は「世界を変えるのは行為だ」と述べます。

行為は肉体が現実にもたらすもの。理想に縛られて現実に遅れをとってきたと考える溝口にとって、絶対的な金閣に対して行為で先んじること=燃やすことのみが溝口の拠り所となっていったのでしょう(「有“為”子」に溝口が囚われていたのも象徴的です)。

“金閣の美の与える酩酊が私の一部分を不透明にしており、この酩酊は他のあらゆる酩酊を私から奪っていたので、それに対抗するためには、別に私の意志によって明晰な部分を確保せねばならなかった(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫172ページ)”

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三島由紀夫『金閣寺』の評価と発表当時の時代背景

三島由紀夫は雑誌『文芸』(昭和32年1月)での批評家・小林秀雄との対談で「美という固定観念に追い詰められた男というのを、ぼくはあの中で芸術家の象徴みたいなつもりで書いた」と話しています。

想像で現実を超えた作品世界をつくり、ときにはそこに閉じこもってしまう芸術家の在り方を、三島は金閣寺を燃やした学僧に重ねていたのかもしれません。戦後、若者たちが既存の体制に反抗して起こした犯行は「アプレゲール(戦後派の)犯罪」と呼ばれました。

『金閣寺』は雑誌『新潮』での連載(昭和31年1月~10月)を終えると、高く評価され、翌年読売文学賞を受賞しました。

『金閣寺』発表の前年には日本民主党と自由党が合流して自由民主党が結成されました。高度経済成長期に向かっていく時代です。とはいえまだ戦争が終結して10年あまり。戦争の罪悪感や混乱はまだ残る一方、小説『金閣寺』で金閣にカメラを構える観光客が押し寄せたように、新しい風俗が生まれていってもいました。

『金閣寺』で溝口が火を放ったあと最後に「生きよう」と思うのは、三島がこういった戦後の変化を肯定する意味とも捉えられますが、一方でこの戦後社会でも芸術家として抗って「生きよう」と宣言したとも考えられます。

小説『金閣寺』の作者・三島由紀夫について

三島由紀夫、本名・平岡公威(ひらおかきみたけ)は大正14年(1925)1月24日、東京市四谷区永住町二番地(現・東京都新宿区四谷)に生まれます。父の梓(あずさ)は東京帝国大学を卒業した農商務省の官僚で、母・倭文重(しずえは開成中学校長の次女、祖父・定太郎(さだたろう)は福島県知事、樺太庁の長官を経験したエリート一家でした。公威は苛烈な祖母の夏子に溺愛されて引き取られ育ちますが、幼い頃は病弱でした。

学習院中等科時代16歳で書いた『葉ざかりの森』を国語教師の清水文雄に見せると同人『文芸文化』に掲載することになり、評判になります。この頃から「三島ゆきお(のちに由紀夫)」というペンネームを名乗ります。成績は向上し、学習院高等科を主席で卒業、東京大学法学部に推薦入学。

卒業後の昭和22年(1947年)に大蔵省(現:財務省)に入省しますが、昼は仕事、帰宅後に小説を書く生活で疲労のあまり駅のホームに転落。大蔵省を辞め、専業作家を目指します。

『煙草』を川端康成に評価されて以降、短編を発表し続け、長編描き下ろし小説『仮面の告白』が評判に。以降は『愛の渇き』『青の時代』『禁色(きんじき)』『金閣寺』などを発表。30歳ごろからボディビルで体を鍛え始め、メディアの露出も増えます。モデルや俳優としても活動しました。 昭和45年(1970)11月25日、4部作『豊饒(ほうじょう)の海』の最終回原稿を出版社に送ると、自らが率いる民兵組織「楯(たて)の会」会員とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に立てこもり、総監を人質にとって演説し、割腹自殺。ノーベル文学賞に2度候補に上がるなど評価も高かった三島由紀夫の壮絶な最期は、世界に衝撃を与えました。

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